

studio: takashima studio
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先日豊田市美術館に訪れる機会があり、見学してきた。軸線が強調された外構が印象的で植栽までもが像のように綺麗に揃えられ計画されていた。都内のビルに植えられた無造作な植栽にはどこか違和感を感じていたが、完璧なまでに同じ高さに切り揃えられ、左右対象に枝を整えられた植栽計画はとても美しいと感じた。建物と同じように外構も計画し尽くさなければ美しい建築は作れないのだなと実感した。
普通多様性をつくる
日々の暮らしの中で、「ふつう」について考えことはあるでしょうか。「ふつう」でいい、そう思っている人も現代では多いはずです。
しかしながら今の社会では、
何かを作ろう・起こそうとした時に、選べる多くの「ふつう」は、経済合理性によって均質化してしまい、あまりに選択肢が少なく魅力や多様性に欠けているように思えます。
本当は趣味や好みはぞれぞれ違い、それを叶えるための物や空間も、少しずつ違ったカタチをしているはずなのに。
そして、高度経済成長期につくられた沢山の「ふつう」をコピー&ペーストした今の社会では、個人の幸福度の低下、コミュニティの断絶、空家問題、超高齢化社会等、沢山の問題を抱えています。
積極的に今までの「ふつう」を疑い、次の世代へ繋がるような「ふつう」へアップデートを行う。そのようにして作られた建築や空間には、個人の人生の豊かさ、社会との関係性、コミュニティ、地域の経済や環境までも、変える力があると信じています。
髙島スタジオでは、ごくありふれたなんてことのない日常こそ、かけがえなく、素晴らしいものだと考えています。依頼主のそんな日常が、想像していなかったけれど、どこかしっくりくる新しい「ふつう」になるよう、建築設計の視点からその発見をサポートし、ご提案します。
「普通多様性」とも言えるような、人々の豊かな で多様な日常の重なりが、都市に循環と変化をもたらし、新しい世界の豊かさを生むことを目指しています。





先日豊田市美術館に訪れる機会があり、見学してきた。軸線が強調された外構が印象的で植栽までもが像のように綺麗に揃えられ計画されていた。都内のビルに植えられた無造作な植栽にはどこか違和感を感じていたが、完璧なまでに同じ高さに切り揃えられ、左右対象に枝を整えられた植栽計画はとても美しいと感じた。建物と同じように外構も計画し尽くさなければ美しい建築は作れないのだなと実感した。


studio: takashima studio
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先日引き渡した住宅で、追加の外構工事と合わせて、雨が上がった夜についに玄関の照明が点いた。
夜の明かりは、そこで人が暮らしていることを象徴するようでとても好きだ。ポーチライトに限らず、リビングやダイニング、家は色々な空間から外へ光を漏れ出させる存在だと思う。日本の住宅街では、多くの家が昼夜を問わずカーテンを閉めていて、外から内部の様子はほとんど分からない。街を歩く側からすると、一切生活の雰囲気がわからない窓が並ぶ光景はとても冷たく、街の雰囲気そのものも堅いものに感じてしまう。もし、常に開けておける窓や、内部が直接見えないように配慮された窓があれば、そこのカーテンが一枚開くだけで、光や気配が外に滲み、街の表情は少し柔らかくなる。街並みへのプレゼントのような光を、一つでも作ることができると、街と建物の関係は、もっと良くなっていくと思う。


studio: takashima studio
Work: Ngさんのための家
タグ:Architecture


この前の休日、いらなくなった木材達のさらに端材から、写真立てのような物を作った。正確にいうと、世間一般的には捨ててしまうような部材から、結婚式に渡すプレゼントの台座を作ったのだ。信じられないかもしれないが、事実である。僕は、価値のある物は決して高価なものや、手に入りにくい物に限らないと思う。捨てられてしまうような物でも、磨けば美しくなるし、新品では決して手に入れることのできない、時間を持っている。そいういうものに価値があると思う。


studio: takashima studio
タグ:Product


事務所のダイニングテーブルの天板が完成した。各現場で余ったホワイトセメントとパーライト、そして解体屋さんからレスキューしたガラスを使って制作した。本来このガラスは、事務所改修の際の材料として再利用する予定だった。しかし、経年変化による厚みの揺らぎが大きく、カットの工程でどうしても割れたり欠けたりして“弾かれて”しまうものが生まれてしまった。せっかくレスキューしたガラスなのに、加工の段階でさらに弾かれるガラスが出てしまうことに、どこかやるせなさを感じていた。そこで今回は、そうした「弾かれたガラスの中から、さらに弾かれたガラス」まで素材として迎え入れ、天板づくりに活かすことにした。砕いたガラスを打設時に表面へ撒き、そこからひたすら研磨を重ねて仕上げたことで、素材が持つ不均一さがそのまま豊かな表情として現れている。


studio: takashima studio
Work: ハヤシハウス
タグ:Product


竣工した建物をプロの写真家さんに撮ってもらった。毎回この時間を楽しみにしている。
撮影のあいだ、カメラアシスタントとして、外と中を何度もまわりながら、良い角度を一緒に探していく。そうしていると、設計中に考えていた沢山のことを自然と思い出す。「ここからはこんなふうに景色が見えるのか」とか、設計時には想像しきれていなかった視点にも気づいたりもする。撮影が終わり、写真が仕上がると、ホームページでの公開やメディアへの広報など、建物が世の中の目に触れる段階に入っていく。そのために改めて設計主旨の文章を書き直しているが、それは、いわば“嫁入り前の子ども”に、改めてどんな想いを込めたのか言葉にして伝えるような時間でもあると思った。しっかりと世に羽ばたけるように、良い言葉で綴ってあげたい。


studio: takashima studio
タグ:Architecture


机の仕上げを木タイルで作るために、実際にスタディを行い、その場で設計しながら制作してみた。材の状態を確かめつつ、臨機応変に設計をアレンジしていくプロセスにはライブ感があり、非常に刺激的だった。また、素材と対話しながら設計を進めることで、図面上に線を引いただけでは想定できない発見や変化が生まれることも実感できた。


studio: takashima studio
タグ:Architecture


とあるお客さんから、工事の依頼。お湯の出が悪くなったらしく、見て欲しいとのこと。現場に着いて、水道屋さんと僕で睨めっこ。初めは、配管のサビや給湯器の故障を疑った。しかし、蓋を開けてみれば、給湯器からでているパイプのフィルターの詰まりだった。そこの汚れをとると、元の水量に戻った。お客さんは買い替えも検討していたとのことで、その分の工事代がういた。たぶん、世の中にはちょっとしたことでゴミになってしまうものがたくさんあるのだろう。そういうもの達を、少しづつ救っていきたい。


studio: takashima studio
タグ:Architecture


先日、自主施工でカフェをつくっているお施主さん主催の外構ワークショップに参加した。ワークショップには庭師さんも参加しており、レクチャーを交えながら、皆で和気あいあいと施工を楽しんだ。最初は見よう見まねで作業していた参加者たちだったが、次第に手際がよくなり、驚くほど積極的に施工を進めていった。中には、こちらがハッとするような工夫を提案してくれる方もいて感心させられた。参加者の積極性に驚かされるとともに、さまざまなバックグラウンドを持つ人々と関わることができ、とても充実したワークショップとなった。


studio: takashima studio
タグ:Workshop


最近、お客さんへの提案する機会が多く、プレゼン用のパースを作成している。3Dのソフトを使い、モデルを立ち上げる。次にCGソフトで、リアリティのある空間イメージを作成する。この作業は、学生時代から繰り返してきたものだ。当時はそれが実現するかどうかは関係なく、いかに魅力的に見えるかが重要になってくる。一方、現在の感覚は、ここの納まりどうしよう、ここお金かかるな、実際はもう少し狭そうだな、ここの色味どうしよう。といったことなど、いろんな課題が見えてくる。一旦頭の中のイメージをアウトプットして整理することや、他者へ共有する方法の一つとして、機能する。頼りすぎには注意しつつ、うまく使っていきたい。


studio: takashima studio
Work: ハナエステ
タグ:Architecture


去年まで事務所にパートタイムとして、所属してくれていた元スタッフが、大工さんとして働いている。もう半年になる頃だと思う。なんとなく元から職人さんのような風格がある彼だったが、今や誰から見ても大工さんになっている。その様は本当にかっこいい。まだまだですよ、と謙遜するし本人からしたら実際そうなのかもしれないけれど、今後どのように成長していくのかすごく楽しみである。


studio: takashima studio
Work: Myさんのための家
タグ:Architecture


職人さんには手癖というものがあると思う。その人の経験から自然とそのようにする癖のことである。電気屋さんは壁に石膏ボードが貼られる前に、スイッチやコンセントの位置を決めるためのボックスを取り付けるのだが、それが柱の真横ではなく角材によって少し位置がずらされていた。ここには引き戸が来るのでそれを干渉してしまわないようにわざとずらしているということだった。現場監督や設計者がそこまでの指示をすることはなかなか難しく、職人さんの手癖によって救われていることは現場では数えきれないほどある。


studio: takashima studio
Work: Myさんのための家
タグ:Architecture


親方と弟子が一緒に動いている大工さんをこれまでほとんど見たことがなかった。今時だと、「一人親方」の大工さんばかりなので、二人で動いているとしても親方と弟子という関係性ではなく独り立ちした二人の大工さんということになる。このプロジェクトでお願いしている大工さんはそのような状況と全く異なり、親方と弟子という関係性だけでなく兄弟子というポジションの方もいる。チームとして安定感があり、瞬間的なパワーの最大値も大きい。このような持続可能なスタイルをもつ集団は今の時代には貴重であり、また次の時代へ向けて必要だと感じた。


studio: takashima studio
Work: Myさんのための家
タグ:Architecture


とあるカーペット屋さんにサンプルを取った。そのカーペット屋さんはとても上質な見た目や肌触りで評判らしい。自分は今まで、カーペットにこだわりなどを持ったことがなかったので、そんなに違うものかと疑問をもっていた。いざ、サンプルのカーペットに触れると、柔らかい感触の奥に、深みのある弾力を感じた。もし、毎日この幸せに触れることができたら、毎日の暮らしがどれだけ豊かになるだろうか。と、暮らしの想像が膨らむ。


studio: takashima studio
Work: ハナエステ
タグ:Architecture


現地調査の帰りに、中目黒のONIBUS COFFEEに立ち寄った。住宅街の角にぽつんと開いた小さな店だが、コーヒーの香りが通りに漂い、ベンチでは思い思いに時間を過ごす人たちがいた。ほんの数メートルの空間だけれども、木や石の質感は空間に豊かさを与えてくれていたし、コーヒーを頼んで受け取るだけという店員さんとの距離感が“心地よい”。店というよりも、街に滲み出た「居場所」という感じがした。「キオスク」をテーマに今設計している僕たちの新事務所も、誰かの日常に溶け込み、小さな居場所になるような、そんな場所になってほしいと改めて思った。


studio: takashima studio
タグ:Study


埼玉県上尾市で、担当物件の上棟があった。昨年までうちの事務所でアルバイトをしてくれていた子が、大工になると言って就職した工務店さんに、この仕事を受けてもらった。兄弟子に囲まれながら、柱を立て、合板を配り、釘を打つ。彼に会うのは半年ぶりだったが、その背中は確実に前よりも頼もしくなっていた。声を掛け合う現場の熱量から、良い先輩や同僚に恵まれて切磋琢磨しているのが伝わってきた。大工さん達のチームワークにより、あっという間に骨組みと屋根までが立ち上がり、無事に上棟を終えることができた。別の地域でも、高い志で建築をつくる仲間がいると思うと、背筋が伸びる気持ちになる。こちらも良い仕事で応えなければ。


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Work: Myさんのための家
タグ:Architecture


塾の工作室で使うカウンターをつくっている。廃材の角材を切り、木口を表にして一つひとつ積み上げていく。切断面の模様も材のねじれ方も、すべて違う。けれど、それらが集まることで、ひとつのかたちが立ち上がっていく。この塾では、自分で課題を見つけ、解決の方法を考え、世の中に提示できる人を育てたいと考えている。世の中で次の時代の価値を生みだすのは、世の中を変えたいという小さな個人の想いの集積だと私は思う。このカウンターは、大小さまざまなピースが寄り合いながら、ゆっくりと新しい景色をつくっていくことを象徴している。ワイルドで不完全なピースの集合体。ここで育った子どもたちが、自分の個性を持って世の中に踏み出していってくれればという願いを込めて、制作している。


studio: takashima studio
タグ:Architecture


レトロな時計が似合うカフェ。この時計が気になり、店主に尋ねてみた。美術の先生をしていた時にもともと使っていた時計が壊れてしまったらしい。その時計の交換を待っていたが、学校の対応が遅く、自分で買った時の物らしい。代わりの物の為、そんなに高くない量産品である。しかし、空間に溶け込み、良い雰囲気を醸し出している。決して、高い物だけがいいモノではない。そんなことを教えてくれた。


studio: takashima studio
タグ:Architecture


道具置き場のキャパオーバーが迫ってきたため、新たに置き場を設けた。普段から自分たちでも手を動かすことが多いため、こうした時に「必要なものをすぐに形にできる」環境があるのは良いことだと感じた。以前はあまり気にせず作業していたが、最近では「雨に濡れず片付けやすいか」「周囲の建物と調和したデザインになっているか」などを自然と意識しながら手を動かしていることに気がついた。こうした小さな場面にも、日々の経験から身についてきた設計的な視点が表れているのだと思う。


studio: takashima studio
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先日、とある企業に設計提案を行い、私たちが制作した模型とプレゼン資料を見て「感動した」との言葉をいただいた。自分たちの思考の本質をいかに明確に伝えるかを意識し、表現に落とし込むことの重要性を改めて感じた。建築の仕上げ、模型、プレゼンテーション、いずれも丁寧に作り込む姿勢が求められる点で共通している。手を抜かずに誠実に取り組む姿勢こそが、最も強く相手に伝わるのだと思う。


studio: takashima studio
タグ:Architecture


事務所のダイニングテーブルをホワイトモルタルで製作するため、研ぎ出しのスタディを行った。実際に自分たちでサンプルを作ってみることは、工程の難しさや仕上がりの質感を体感することができる。テーブルはDIYで製作するが、自ら手を動かしてみたからこそ、作業の難しさを理解でき、職人さんに依頼する際にも「この方法なら実現できるかもしれない」と具体的な提案ができると感じた。改めて、モックアップやサンプルを自分で作って検討することの重要性を実感した。


studio: kobayashi studio takashima studio
Work: ハヤシハウス
タグ:Study


横須賀美術館で開催中の「山本理顕展」に足を運んだ。久しぶりの来訪だったが、展示の空間には、潜水艦のような白いドーム状の壁が、ガラスキューブの内部に挿入されており、天井と壁にポコポコと開けられた丸穴から、柔らかな光が差し込んでいた。山本さんの設計した美術館なので、建物自体も一つの展示である。山本理顕の「地域社会圏主義」という考え方に、私はとても影響を受けて設計をしてきたが、「閾(しきい)」という概念=公共性の中に私的な営みが包摂される図式は、近頃自分が設計した物を捉え直す良い機会となった。どのような社会活動が生まれることを期待して、どんな境界面でパッケージし、私的と公的の境界面をどのように繋ぎ編成するか。その問いに向き合い続けることだけでも、これだけの問いと建築の強度を生み出せるのだと、勇気をもらった。


studio: takashima studio
タグ:Exhibition


空き家を改修しながら使っている、僕たちのオフィススペース。資材置き場のようになっていた洗面室を、思い立って整えてみた。埃をはらい、シンクをツルツルに磨き、洗濯機の上に板を渡して、即席コーヒースタンドを設けた。ほんの1時間の作業だったが、シンクや床を磨いていると、空間が蘇る手応えをたしかに感じた。コーヒーの香りが漂うと、そこが「場所」に戻るのを感じた。建築の原初的な関わり方に、こうした“手入れ”がある。つくることと、保つこと。そのどちらも、空間に命を吹き込む営みなのだと、改めて思い出させてくれた。小まめなお手入れをもっとしなくては・・・。


studio: takashima studio
Project: 吉野台団地
タグ:Study


友人が自邸を作ったとのことで、内覧会へ行った。彼らしい揺らぎのあるとても心地の良い空間だった。知り合いの設計者さんも見学に来ていて、3人で建築談義に花が咲いた。自邸を作った彼が「自分のスタンス」を表明するようなものにしたいと思って設計したという話から、それぞれが設計スタンスを話す時間になった。いざそうして話してみると、それぞれの設計への向き合い方は本当に三者三様だということ、そして自分は設計物をつくることそのものよりも、「その建築によって社会やクライアントにどんな影響が起き、どのように社会と呼応できるのか」を意識していると再確認できた。自分では当たり前と思っていても、人と話すことでそれが特別だと気づくことがある。もっと人に自分のやっていることを伝えなくてはと、あらためて感じた瞬間だった。


studio: takashima studio
タグ:Architecture


もし建物が生き物だとしたら、窓の役割はなんだろうか。窓は、光を取り入れ、風を通し、外と中を繋げる。なにかしらの要素が出入りする機能を持つ。もしかしらた、口のようなものかもしれない。生き物は口から、様々な栄養を摂取し、水分を摂り、息を出す。生命に必要なものは全て口を通る。そう考えると、窓のない建物は、息ができず、栄養を取ることもままならない状態なのかもしれない。それは、死んでいることと変わらないのではないかと思う。そう考えると、窓を開けることは呼吸することそのものかもしれない。と、窓のない建物に穿たれた長方形をみて、そう思った。


studio: takashima studio
Work: 千葉本町プロジェクト
タグ:Architecture


家一軒を建てる為には、相当数の金物が必要になってくる。基礎と柱を固定するもの、部材同士がずれないように留めておくもの、引っ張りの力に耐えるものなど、様々な役割がある。これらは、大地震国の日本では重要な部材であり、現在ではほとんどの家になくてはならないものとなっている。そうなると、金物がなかった時代の家はどうだったかが気になってくる。昔は木組とよばれる方法で、木材に仕口やほぞとよばれる加工を施し、組み立てる。大工さんの腕が光る作業だ。現在の建築で大工さんが輝ける場所はあるのだろうか。僕らは大工さんも誇れるような、そんな建築を建てたいと思う。


studio: takashima studio
Work: Myさんのための家
タグ:Architecture


暑かった現場もすっかり涼しくなり、灯る作業灯の下、事務所の後輩スタッフと建具職人さんが引き渡し前の最後の確認をしていた。現場も最終局面となると、職人さんとその現場で培った信頼関係みたいなものが垣間見える。図面を描き、材料を手配して、職人さんとコミニュケーションを図り、チェックして、直して、また次の準備をする。建築を完成させるためにはそんな無限のプロセスがあるのだが、彼がこの現場にどれだけの熱量で取り組んだかは、現場を見るとよくわかる。そして、そんな彼に応えるように、職人さんも言葉数は多くないけれど、「良いものにしてやろう」と向き合ってくれている様子がその背中から感じられた。建築は、図面やCGだけで出来上がるわけではなく、最後はこうして人の手によって一つひとつ形になっていく。完成した建築は携わった人間の熱量の総体なのだと、改めて感じさせられた熱い夜だった。


studio: takashima studio
Work: Knさんのための家
タグ:Architecture


僕たちが作業をお願いしている職人さんにはいろいろなタイプの人がいる。とても丁寧に作業をするためゆっくりな人もいれば、少々手荒だけどスピードは速いという人もいる。絶対に何がよいということはなく、状況によって求められることはケースバイケースなため、現場監督であるこちらがその都度、適切なコミュニケーションをとる必要がある。ただ中には、作業も速いし仕上がりもきれいというスーパーな職人さんもいる。そのような職人さんは本当にすごいと思うのだが、不思議な事に作業が速いからといって、決して動きが速いというわけではないということだ。先日石膏ボードを天井に貼ってもらったときも、大工さんは俊敏というよりは安定感のある、そして滑らかな動きで次々と作業を完了させていった。きっと、その裏には山のような場数の経験と、僕らには想像できないような工数の先読みがあるのだろう。


studio: takashima studio
Work: Ngさんのための家
タグ:Architecture


以前に手がけた塾で、機能拡張のために改修工事をすることになり、サンプルでの色決めを行った。壁の有孔ボードに塗る保護塗料やオイルの色味、床材の色味等を検討するサンプルである。いくらCGでイメージしていても、本物の素材で実際の空間に置いて見てみると、印象が全然違ったりするから面白い。色や手触り、素材の厚みや重さを見比べながら、設計者の実現したい意図と、クライアントの好みや手触り感のフィットするところに落とし込んでいく。設計の過程で生まれて並べられるサンプルは、いつ見てもなんとなく可愛いなあと思う。


studio: takashima studio
タグ:ArchitectureDirection


僕らは模型を作る。自分の思考を整理したい時。お客さんに、設計の意図を伝える時など。世の中の設計事務所は、模型を作る為に新しい材料をホームセンターや、模型材料店などで買ってくる。そして、あれこれ考えて、使い終わったら、棚の奥に追いやられるのが関の山だ。僕らは、余った材料で表現する事が多い。もちろん、新しい材を使うこともあるが、基本的には身近にある材料を使う。木材の余り、Amazonの段ボール、アルミホイル、お菓子の箱。身近に無限に材料はある。いいものは、決して新しいものから生み出されるのではなく、発想の転換と身近なものの観察から生まれてくると思う。


studio: takashima studio
Work: ハナエステ
タグ:Architecture


以前に手がけた友人の塾で、新事業を行うための空間を作っています。アントレプレナーシップ教育がベースになっており、「起業」をテーマに、日々発見した課題や困りごとや希望を、ものづくりを通じて実践して、他者に届くようにアウトプットする実践や試行錯誤の場所になります。先に手掛けていた学習塾機能だけでは、思うように才能が発揮できていない子も、自分と向き合い表現ができるもう一つの輝ける場所になってくれたら良いなと思っています。普段は大型施設を設計している友人が「拡張設計」として本設計に参加してくれていて、彼が「カラーセラピー」の概念を引用して選んだ鮮やかな黄色は、たしかに子供たちの挑戦心をより引き立ててくれそうです。改修工事も大詰め、完成までもう少し頑張ります。


studio: takashima studio
タグ:ArchitectureDirection


kurosawa kawara-tenでは解体で出た廃材や生産の過程で出た端材(一般的にゴミとして処理されるもの)のレスキューを行うことが多々ある。住設関係や木材に次いで意外によくレスキューするのがサッシのガラスである。解体業者さんやガラス屋さん曰くガラスは逆に処分にお金がかかる、だから粉々に割るしかないとのこと。これはレスキューしなくては、とお金になるアルミサッシを取り外す作業をやる代わりにいらないガラスだけ貰っている。ガラスは透明なものがほとんどだが、たまに型ガラス、運が良いとペアガラスが手に入る。このガラス達は主に自社物件に使われたり、コストを抑えて建築を作りたいお施主さんに提案させてもらったりしている。今回のガラスのように一度不要とされたものが建築の中で再び価値を持てるようにレスキューを続けていきたい。


studio: takashima studio
Work: Shinoda Co ハヤシハウス
タグ:Architecture


空き家から出てきた無線関連の本や雑誌を整理していた。その多くに、ハム(ham)という言葉が使われていた。初めは、肉のハムのことだと思っていたが、あまりにも多くの本にハムという言葉が使われていた為、興味を持った。よくよく調べると、どうやらamateurという単語の頭文字のamに言いやすいようにhをくっつけたものらしい(諸説あり)。そういった無線関連の雑誌が世界で10種類以上あり、建築雑誌はこんなにあったかなとも思う。それだけ、世の中には無線好きがいて、そこには無線の世界が広がっている。建築以外の分野にはあまり興味がなかったが、同じかそれ以上に広がる無線の世界の一端に触れることができた。


studio: takashima studio
タグ:Real estate


稲刈り体験。毎日食べているお米は、農家の人の苦労や、数百年の歴史の上に成り立っていることを実感した。稲を育てるという、一年をかけて様々な工程があるうちの、ほんの一部の稲刈りを少しだけ体験しただけで、農家のことは少しも理解できていないのかもしれない。だけど、毎日のいただきますの重みが変わったと実感する出来事。


studio: takashima studio
タグ:Study


工事中の新築住宅の現場に足を運んだ。この家は大学時代の友人の住宅で、事務所の他スタッフと3名で担当している。自分は基本設計まで関わり、その後は自分が別現場を担当するため、2人に詳細設計と工事監理を任せていた。いま現場を主担当しているのは2年目の若手スタッフで、今回がはじめての現場監理。整理された現場の様子や、丁寧に貼られた養生から、彼が一生懸命取り組んでいることが一目で伝わってきた。細かいところに目を向けると、自分なら選ばない納まりもあり、それがとても刺激になった。自分ももっと頑張らなければと励まされた気持ちになった。信頼して任せることで得られる学びや発見があり、それもまたとても貴重なものだと実感した。(残る期間も、どうぞよろしくお願いします!)


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Work: Kさんのための家
タグ:Architecture


タイルが割れた。一般的には、物が壊れたり、欠けたりすることは良くないことであり、治すとなると、専門の業者を呼んで高いお金を払うことになる。治さなければ、負のイメージが付きまとう。僕たちは、こうした状況を自分たちの手で、ポジティブな方向へ持っていく。そしてただ治すだけでなく、そこに、+αの価値も付け加えて作り変えたりする。一見ネガティブなことに唯一無二性がでてくる。全く新しいものを生み出さなくても、良い物は作れる。そんなことを感じた、タイル治し。


studio: takashima studio
タグ:Architecture


法改正のあおりを受けて、着工できるまで非常に苦戦した埼玉県での現場が、ついにスタートした。最初の工程は地盤改良。5cmほどの鋼管杭が、建物のグリッドに合わせて、100本近く地面に打ち込まれていく。この杭が建物の重さを受け止めて硬い地盤へ伝えてくれる。地盤調査の結果では、地表から約4.75mのところから先に、建物を支えられるような硬い地盤があるとされている。そのデータ通り深さ4.5mを越えたあたりで、ガツっと杭が止まり、残りの1mを重機のハンマリングによってようやく入っていく様子がよくわかった。データや理屈だけでなく、「これは確かに安心だ、、」 と目の当たりにして肌で体験する瞬間は、設計者にとってとても重要だと感じている。


studio: takashima studio
タグ:Architecture


先日、新築住宅の施主施工をサポートしてきた。最初に簡単なレクチャーをして、その後はつまずきそうなところをフォローしながら、基本的にはお施主さん自身に作業を進めてもらった。こういう場面では、慣れているこちら側がどうしても作業の大半を担ってしまうケースが多い。でも今回は、お施主さんがすごく積極的に動いてくれていた。序盤にこちらが次の作業の準備や作業スペースを整えている様子を見てくれていたのか、手が空いたときには自然と次の準備をしてくれたり、片付けを進めてくれていたりと、自発的に行動してくれる場面が多かった。一方的に教える・手伝うのではなく、互いに動きを見ながら補い合うような感覚で、まさに二人三脚で作業しているようだった。見て学び、すぐに実践してくれる姿勢に触れて、互いに歩み寄ることで「DIT(Do It Together)」が成立するんだなと実感した。


studio: takashima studio
Work: Ngさんのための家
タグ:Architecture


先日、久しぶりに担当した物件を訪れた。そこは古民家をリノベーションしたカフェで、竣工から時間が経っているにもかかわらず、竣工当初と変わらず丁寧に、そして美しく使われていた。お施主さんが、建物を大切に扱い、細部に至るまで愛着を持って接してくれていることが伝わってきて、思わず胸を打たれた。設計当初に描いた世界観も崩されることなく、むしろ丁寧に守り続けてくれている姿勢には、私たちの仕事に対して愛情と敬意が感じられ、とても嬉しかった。この仕事に携わる中で、完成後の建物がどう使われ、どう生き続けていくかは、常に気になる部分である。今回のように、建物が時間を経てもなお、丁寧に扱われ、愛されている様子を見ると、設計の先にある暮らしや営みの重みをあらためて実感する。「この状態を保ち続けたい」と思ってもらえるような建築を、これからも真摯につくっていかなければならないともう一度強く思い出させてくれる時間だった。


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Work: Baton
タグ:Architecture


最近、鏡を取り付けた。IKEAで売られている鏡。IKEAのわかりやすいイラストを見ながら組み立てる。といっても、パーツはそんなにない。いざ完成してみると、空間がとても広くなるのを感じた。そして、外の緑がつながって見える。少しの操作で空間を変えれることを知ることができた。


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Work: Ngさんのための家
タグ:Architecture


kurosawa kawara-tenでは勇気づける建築、背中を押す建築を目指している。引き渡された建築に住まう施主は揃ってとても満足そうで、何か活力を与えられているかのように生き生きとしている。それは新しい暮らしへの期待感と高揚感なのだと思うが、勇気づけることができていることを実感する。一方で、もしかしたらお施主さん以上に私たちの方が勇気づけられているのかもしれない。現場を進めている最中は心が折れそうになる場面が幾度となくある。しかし、竣工した建築の中で改めて空間体験しているとこんなに素晴らしいものを私たちは実現させることができるのかとハッとさせられる。そうして、あのすごくきつい現場終盤の記憶が薄れて、よい建築をまた作りたいと思ってしまうのかもしれない。


studio: takashima studio
Work: Ngさんのための家
タグ:Architecture


お墓参りで栃木の方へ行く用事があったので、2020年に建築学会賞を受賞していた道の駅ましこに立ち寄った 。「形式(形)」も「材料(質)」も、すべて風景から見いだすことで、その地域らしさを確かめるような建築を求めた—と語られるその建物は、 周辺の山の稜線や、その土地の風景や素材を感じさせる、強さと優しさを持っていた 。とりわけ印象的だったのは、屋根を支える垂木。町有の里山で採れた木を集成材にして使っているのだが、設計前から伐採や加工の準備を始めないとスケジュールにのらないため、限られた条件の中で、同一寸法の部材を事前に製材し、ピッチの密度を変えることで架構を調整するという解決をしていることに驚いた 。その土地に応えるために、建築の側が事情や特性を受け止め、丁寧に寄り添おうとしている。その姿勢に、感銘を受けた。


studio: takashima studio
タグ:Architecture


建物を建てる時、とてもたくさんの音が出る。トントン、カンカン、釘を打つ音、木がぶつかる音、擦れる音。心地が良い。だけど、今は、電動系の機械の音で、よりかん高い音が鳴る。作ることが便利になる反面、人では出すことのできない、人の心地よいと思う音域を超える音が出る。今回、ある建物を解体する時に、心地よい音を聞くことができた。建物も痒いところに手が届くように、微笑んで見えた。


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タグ:Workshop


最近、つくづく思うが、窓に興味がある。窓のディテールよりかは、窓の意味について。窓には、外の風景を見たり、風を通したり、日光を取り入れたりする機能がある。これらは一般的なものだが、この写真は、窓からコンクリートが見える。さらに、窓枠やサッシが2重、3重と陰影を作り、絵画のように見える。普段は、建物の躯体として使われる「地」としてのコンクリートが、「図」になる。ともすれば、外に見えるものはなんでもいいかと言われれば、そうではないと思う。太陽に似た白っぽい明るい素材、室内からは予想を裏切る風景。そういったものだと思う。


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十和田市現代美術館を訪れた。展示室は小さなボリュームごとに分けられ、敷地内にばら撒いたように配置されている。その構成が、まちとの自然な関係性を生んでいる。窓からは常に周囲のまちの風景が見え隠れし、内部にいても外とのつながりが感じられる。正面の公園や周辺のアート作品とも緩やかにつながり、この一帯がまるごと芸術の舞台になっていた。美術館ができたことでまちの流れは良くも悪くも変わったと思うが、地元の人が散歩をしにきたり、施設内のカフェでお茶をしたりする様子が見えて、確かにこの場所が地域に受け入れられているのだろうと感じた。名建築と知らずに、ただの居心地の良い場所として過ごす学生たちの姿が、なんだかとても羨ましかった。


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先日、長らく続けてきた新築工事の引き渡しを無事終えることができた。前日まで引き揚げ作業に追われていて相当疲れていたが、すべての養生が取り払われ、建物の全貌が現れた瞬間、それまでの苦労が一気に報われるような気持ちになった。毎回感じることだが、建築の仕事を始める前は、建物一つをつくるのにどれほどの時間と労力がかかるのか、想像もつかなかった。実際に自分の手で携わってみると、図面の一本一本、素材の選定、職人との連携、天候との戦い、そのすべてが積み重なり、ようやく一つの形になっていく。その過程には、言葉では言い表せない重みと達成感がある。これまでリノベーションの仕事には多く携わってきたが、新築は今回が初めてだった。既存の構造や制約がある中で工夫を重ねるリノベーションとは違い、ゼロから空間を立ち上げていく新築の現場では、一から十まで自分たちの判断と責任で積み上げていかなければならない。その分、プレッシャーも大きかったが、それ以上に得るものも多かった。今回の経験を通じて、技術的な課題や自身の未熟さとも向き合うことになったが、それらをしっかり受け止め、今後の糧としていきたい。


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Work: Ngさんのための家
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竣工間近の現場で、施主とともにラワンの扉に蜜蝋ワックスを塗るDITを行った。色が深まり、艶が出ていく様子を楽しみながら、扉への愛着も自然と湧いたそうだ。建築に石油製品を使うようになった現代では、天然素材を用いることは「メリットとデメリットがあり、ハードルが高いもの」と語られる。質感が良く、経年で味わいが増すことが魅力である一方、トゲが出たり、汚れやすかったり、扱いに手がかかるというのが“デメリット”とされてきた。けれど、天然素材しかなかった時代には、それはただの「当たり前」であり、ネガティブに捉えられることもなかったのだろう。素材の特性を知り、正しいメンテナンスの仕方を知ることで、手のかかる子ほど可愛いと言うような、天然素材の特性を愛らしいと思える機会になってくれれば良いな、と感じた瞬間であった。


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Work: Ngさんのための家
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半年にわたって進めてきた新築現場の足場が、ついに外れた。その瞬間、設計してきたものが1/1スケールで現実に立ち上がったのだと、ようやく実感が湧いてくる。嬉しさと同時に、自分が今どこにいるのか一瞬わからなくなるような、不思議な感覚を覚えた。それはお施主さんのキャラクターや公園に隣接する敷地の特徴を最大限活かした結果、日本のテンプレート的な新築でもなく、周囲の築30〜40年の建物とも異なる佇まいをしているためだろう。ここにどんな暮らしが根づいていくのかは、まだわからない。けれど、たしかにこの場所に、新しい未来へと続くひとつの風景が生まれたと感じることができた瞬間であった。


studio: takashima studio
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大阪万博を訪れた。空間からサイン、Web上のUIやグラフィックに至るまで、あらゆる要素が一貫したデザインで統合されていた。このようなトータルでのデザイン演出は、大きな催し事では当たり前にもなってきて、デザインの平均的な底上げや成熟を実感するとともに、パッと体験した時の充実感や快適性はとても高いと感じた。一方で、内容の方に目を向けると、どの国の展示でも「スマートシティ」「SDGs」「AI」など、すでに出尽くしたキーワードが並び、具体性や独自性のあるビジョンは少ない。あらゆるものが一定の水準に達し、次のビジョンを見失った停滞の時代という空気をヒシヒシと感じた万博であった。(と言いつつ、イベントとしてはとても楽しめましたし、これだけのものを限られた期間と予算で作り上げた方々の熱量は本当にすごいと思いました・・・!)


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建築には、水平連続窓と呼ばれる窓がある。近代建築の巨匠、ルコルビュジエが提唱し、現在も様々な建築に取り入れられる。RCや鉄骨の新素材により、窓は重力の制限から解放された。この建築はどうだろうか。室内から見る外の自然はもちろん素晴らしいが、外の別棟から見る窓は、透過した自然と反射した自然が同時に見える。自然に溶け込むのではなく、新たな風景を作り出している。新しいモダンの片鱗かもしれない。


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室内の壁・天井の石膏ボード貼りが進んでいる。狭い室内かつ、工具や資材で溢れている状況なのでものを度々動かしながらの施工となる。外の気温は30℃を超え、翌日から来る台風に備えて窓もベニヤで養生をしてしまったので風も抜けない。そんな蒸し暑くて肉体的にはキツイ状況ではあったがふと部屋の隅に目をやると、脚立達が集まっていた。まるでディズニー映画のMr.インクレディブルファミリーのように自然とポージングがキマっていた。特に誰が意識して置いた訳ではなく、自然とポージングされてしまったことにクスッとした。


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建築の現場では度々「段取り八分」という用語を耳にする。「段取り八分仕事二分」の略で仕事の成否は事前の段取りで決まるという考え方で、つまりは準備をしっかりしていれば実際の作業はスムーズに進むという教訓だ。私は何事もとりあえず始めてみて手を動かしながら考えるタイプだが、この教訓を知ってからは取り掛かる前に自分の頭の中でロードマップを作ってから始めることを意識している。作業前準備→作業順序→他工程との調整→トラブルの予見と回避→経験に基づいた最短手順の決定。こうして考えてみると職人の段取りは現場に最適な作業フローを構築している、いわばプログラミングにおける「アルゴリズム」と共通するなあと思った。段取りとは、単なる準備ではなく、目的達成のための最適解を導き出す思考のプロセスなのだと思う。職人の現場も、プログラマーの画面の中も、「いかに無駄なく確実に成果を出すか」という一点に向かっているという意味では、本質的には同じ世界に生きているのかもしれない。


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時々、学生時代の設計課題を見返すことがある。今では建築への理解が深まったせいか、当時の自分の課題にはツッコミどころが多く、少し恥ずかしく感じる。でも毎回、新しいアイデアを取り入れたり、突拍子もない発想を試みたり、自分のスタイルを模索していた“ハングリー精神”に満ちていた過去の自分に刺激を受ける。パートタイムで協力してくれている学生の話を聞き、自分と重なる部分があったり、全く異なる発想に触れることもとても刺激になっている。ハードな仕事が続いて、自分のスイッチが切れそうなときは、こうして初心を思い出すようにしている。


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最近、コミュニケーションを取る上で相手への伝え方や受け取り方を考える時間が増えた。相手がどのような状況にあるのか、どの情報を求めているのか、どんな気持ちになるのかなど「相手の立場になって考える」ということが間違いながらも少しづつ理解できるようになってきた。一方で、相手の言動をそのままストレートに受け取らないことも大切だと教わった。しかし、いわゆる本音と建前の区別が難しく、必要以上に疑ってしまったり、本当の気持ちがわからなくなったりして、コミュニケーションの大きな壁にぶち当たっている。それでも、以前よりも「その人自身」を深く考えるようになったことは、自分にとって大きな変化だと感じている。


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地鎮祭のために埼玉を訪れた帰り、久しぶりに川越に立ち寄った。伊東豊雄が設計した美術館があったので足を延ばしてみると、それが素晴らしかった。正方形の平面が、緩やかにカーブする壁によって4つの部屋に分けられている。それぞれの空間には、点在するトップライト、絞られた反射光、天窓から丸く差し込む光、水盤のゆらぎなど、全く異なる光の取り入れ方が演出されていた。三栖右嗣という画家の作品が展示されていて、この空間は彼の日本洋画の光の写し方にインスピレーションを得たのかと考察をした。各部屋の光に呼応するように絵画が選ばれているようで、彼の絵と各部屋の光が響き合っていた。建築全体がひとつの思想で貫かれていると、どこにいても心に触れる瞬間がある。その「核」を見抜けだす力をもっと身につけたいと思った。


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これは何のパーツかわかるだろうか。ほとんどの人が毎日目にしているもののパーツである。そして、これのおかげで、毎日快適に暮らすことができている。これはエアコンのフレアと呼ばれるもの。室内側のエアコンと室外機を繋ぎ、その中にガスが流れている。そのチューブの接合部である。そして、厄介なのがこのチューブは曲がりやすく、曲げすぎるとすぐに折れてしまう。そして、ガスを漏らさぬよう、精度高く繋げる必要がある。一見簡単そうに見えてるが、その中にはたくさんの技術が詰まっている。職人さんには尊敬しかない。そんなことを、失敗から学んだ日でした。


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昨年から鉄製品の工場からパレット材を譲り受けている。このパレット材はラワンやウリンなどの南洋材を多く使っており、普通に商社で取り寄せると高値になるがほぼ無料で使わせてもらっている。一見ごみのようでも長い間外にさらされた表面に鉋をかけてやると目の詰まった美しい面が出てくる。今回はこれを建具の材料に使ってみた。堅木で調整に苦労したが、とても良いものができたと思っている。市場に回っていなくても使い方によって新たな価値を見出せるものとこれからもっと出会いたいと思った。


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工事中の新築住宅で、お施主さんがDIYに挑戦した。キッチン背面のアクセントとなる壁に、左官材料を塗り、その上からタイルを貼る仕上げ。DIYは初めてとのことだったが、少し練習した後に本番へ。最初は緊張気味だった手つきも、次第に熱が入り、終盤には「ここはもう少し丁寧にやりたい」と細部へのこだわりが出てきた。養生やマスキング、塗りの厚みや乾き具合など、一見シンプルな「壁を塗る」という行為の中に、こんなにも多くの工夫と繊細な工程があることに驚いたそうだ。これまで遠い存在だった建築が、家づくりに参加して手を動かすことで距離が縮まり、“触れられるもの”に変わっていく感覚を一緒に味わえたように思う。


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千葉のとある現場で、現場監督をしていた時、ふと、目に止まったものがあった。ほのかに照らされた、隣の家の外壁である。この建物は元店舗で、現在は使われていない。昔の建物でたまにに見る、コンクリートブロックの壁である。僕らが手をつける前は、薄暗く湿った場所だった。話は飛躍するが、大昔の人々も薄暗い洞窟の中から、明るい外の世界を覗いていたのかもしれない。窓は、外の景色を楽しむものではなく、光そのものを求めた結果できたのかもしれない。


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2月から取り掛かってもらっていたコンクリート造の建物がようやく打ちあがり、型枠を外し中。少しづつ表情が見えてきて、配合や打設方法によって現れる表情が異なるコンクリートというものの奥深さにより興味が沸いた。また木造が序盤の上棟で一気に建ちあがるのとは逆で、これは工程の最後に打設をする。木造の建物が徐々に出来上がっていくのだとすれば、コンクリート造は急にそこに現れたような感じになる。マッスなものが住宅街の中にある光景はすごく異様だなと思うと同時に型枠がすべて外れたときにどのような様相になるのか楽しみになった。


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照明の検討のために描いた手書きスケッチと三面図を、ChatGPTに渡してCG化してもらった。3回ほどやりとりを重ねて、ようやくイメージに近い形に辿り着く。AIに良い回答をもらうには、前提や意図をきちんと伝える必要があり、新しい相談事をするたびに、AIに伝えるために丁寧に言語化している自分に気づく。口頭ではなく強制的にテキストに起こすことが、なおさらそれを実感させる。その過程で気づくことは、それは本来、人間相手でも同じで、自分が今まで相手の理解力や推し量る能力に甘えていたことを思い知らされる。時代の進化を肌で感じつつ、誰かに自分の考えを伝えるということの難しさと、その大切さを改めて感じる。


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未完成であるものに目がいってしまうことがある。この後、どんな形になるのか。何が起こるのか。それともこれで終わりなのか。何かがくっつくのか。いろんな想像がかき立てられる。もちろん、完成させるに越したことはないし、早く出来上がりを見たいと思う。だけど、完成してしまうと、想像の旅は終わってしまう。目的や結果も大事だけど、想像の余白のある道中も楽しんでいきたい。


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詳細と全体を行き来することがとても重要だと思っている。たとえば建具を設計するとき、室内からの見えや素材を考えると同時に丁番などの細かい部材、建具に絡む水切り、外壁の納まりまで視点を細かい部分に向ける。その時に様々なシチュエーションを想像して開けやすさや壊れにくさ、気持ちよく使ってもらえる建具とはどんなものかを考えを張り巡らせる。時折視点を大きくして建物全体のことや社会のことまで考えてみる。ひとつのことから蜘蛛の糸のように考えを広げたり、時には全く関係のない観点から考えてみることで新しい発見がある。私もまだまだ訓練中だが、このような思考をし続けることが建築だけに関わらず大切だと思っている。


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松戸の新築。私は入社5年目にして初めて新築の現場管理を任されている。それまでは古民家リノベーションを多く担当してきたので、リノベーションとは違う難しさを日々感じている。躯体を残し、仕上げや間取りを変えるやり方は慣れているが、すべてを一から作ったことがないため常に建築基準法や施工要領とにらめっこしながら現場を進めている。それと当たり前だが、新築は着工から引き渡しまでの間ずっと新しいままで維持しなければならない。物を動かすだけでもいつも以上に細心の注意を払っている。想像以上に気を遣わなければいけないので1日を終えるころにはどっと疲れるが、手触りや香り、日が差したときに感じる明るさなど、リノベーションでは経験したことのない雰囲気に毎回新鮮な気持ちになる。まだまだ工事は続いていくが、良い建築をお届けするためにももっと頑張ろうと思う。


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ハンガリーからインターン生がやってきた。これから3ヶ月、一緒に働くことになる。空き家が目立つ市原の団地に、こんな来訪が起こるなんて、誰が想像しただろう。彼女は、リジェネレーティブデザインに関心を持ち、この田舎の事務所までやってきてくれた。僕らが一軒ずつ空家を直して使う小さな活動の連続が、遠くの国とこの場所をつなげる。人が交わることで、土地もまた少しずつ更新されていく。この静かな夕暮れの風景が、何かの始まりになるような気がした。


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最近、図面を描くこと、ひいてはイメージを形にすることはとても重要なことだと感じる。会話でのコミュニケーションはもちろん素晴らしいことだし、それだけで済むならそれに越したことはない。しかし、建築家と職人、お客さんなど、立場の違う人同士がわかりあう為には、言葉だけではどうしても足りないこともある。ましてや、違う言語を喋る人なら尚更。初めから、完全に分かり合えることはないと思うし、そもそも分かり合えない人達もいる。だけど、その中でも、少しだけ良くなるのであれば、通じ合えるように努力するし、分かり合えた時ほど、嬉しいものはない。


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現場にいると、時々、思わぬ発見をする。本来、コンクリートを打設する枠組みを固定する為に使われている単管パイプ。それを、飲料水や道具を置く棚のように使っている。もちろん、1日の終わりには、なくなっている。このように、テンポラリーに本来とは違った用途として物を使っている。立場や、状況が変われば、違った視点が見えてくる。そんな発見を楽しみに、今日も現場へ行く。


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新築住宅の駐車場を打設した。
高低差のある敷地に対応するため、道路から浮かぶように大きなコンクリート構造物をつくっている。普段あまり扱わない規模感に、少し圧倒される。
それでも現場でやることは変わらない。墨を出し、鉄筋を結い、型枠を組む。この写真のように、地面から浮くキャンチレバーと呼ばれる部位やスラブの下に、コンクリートの重みを支える一時的な柱を追加する場所もある。そして、最後にコンクリートを流し込む。
日々の作業を丁寧に積み重ねた職人さんが、無事に打ち終えてほっとした顔をしていたのが印象的だった。
コンクリートが固まり、型枠が外れる日がとても楽しみである。


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先日上棟があった。力強い架構がたった一日で立ち上がることには、何度経験しても新鮮な驚きを覚える。そして、壁も屋根もまだなく、構造躯体と屋根の骨組みだけが現れているひと時は、家の中にいながら、光と風がどこまでも通り抜けるこの日だけの体験ができる。明るくて気持ちよくて、このまま閉じずにいたいような気持ちになる。けれど、壁も屋根も窓もあって、ようやくそれは住宅になる。空間を閉じるという行為は、決して当たり前のことではなくて、何から守り、何に開き、そこに住まう人の暮らしにどんな風景を届けるのかという選択で、上棟の日はいつも、自分たちが引く線の重みを実感します。


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この写真に写っている部分は室内である。一般的にガルバリウム鋼板は室外で使われる素材であり、内部に使うことで、室内にいながら、外にいるような感覚になる。そうすることで、他の諸室と明確に役割を変えたり、狭い路地を歩くような、わくわく感が得られる。さらに、そこに、外からの光が差し込む。実際にはゆらゆらと木漏れ日のように見えがくれする。光をたどると、外のビニールハウスが日光を反射し、室内に入ってきているようだ。室内にいるのに、木々の間を歩くような、路地を探検するような感覚。そんな曖昧な空間を作るのも、建築家の醍醐味の一つだと思う。


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農薬の試験研究を行う会社のオフィスの改修をしている。古民家の空間の中に杉の柱を束ねた「縦ログ」のボックスと、ガルバリウムで覆ったボックスが並ぶ。素材も表情もまったく異なるふたつが、空間の中で互いに際立ちながら共存しているのだが、不思議な心地よさがある。極めてクリーンであるべき薬品試験室、職員が集中とリラックスをしながら過ごす職員室、それぞれが自分に似合う服を着るように、素直にあるべき姿を獲得している。その異質なものが共存していることこそ、自然に対してテクノロジーで向き合っているこの会社のアイデンティティなのだろうと再認識した瞬間。


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僕たちは、自社プロジェクトを持っており、時には、自らが手を動かして建築を建てる。その理由の一つに、建物を建てることへの敬意が込められていると思う。一般的な現場であれば、設計する人と、建物を作る人は別で、線を引けば建物は当然そのように出来上がると感じる。しかし、自分で手を動かしてみると、実際はとても難しく、時間のかかるものだと痛感させられる。あと1mm隙間が埋まれば、よく見えるのに。だけど、そのたった1mmが埋まらない。当たり前は、職人さんの技術の上に成り立っている。今日も、職人さんに敬意を払いながら、建築を考える。


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大の音楽好きである友人夫妻のために、音楽スタジオ併設の住宅を設計している。音の良い家にしたいという話から、知人の音響デザイナーさんのスタジオを訪ね、色々な機材と音響の組み合わせを体験させてもらった。スピーカーやアンプをつなぎかえながら、音の輪郭が変わる様子にみんなで耳を澄ます。スピーカーの特性と空間との関係で、まるで空間が鳴るような一体感を持ちうるということを実感する。空間と機材の特性という素材を活かしながら、体験させたい音響を作り上げていく。これもやはりデザインなのだと強く実感した。


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我々が事務所を構えている団地は市街化調整区域である。調整区域内は私道が多く、インフラや道路整備は住民の手弁当で行っている。近所の方がU字溝のドブさらいを他の家の分までやってくれていたり、道路をアスファルト補修していたり気づいた人が当たり前のように維持管理をしている。よくある住宅街に住んでいた私は住民同士は「他所は他所だ」と他者との境界を強く意識するイメージを抱いていたが、こんなに境界が曖昧な世界もあるのだな感じた。 我々も団地の一員として、気づく努力とご近所の分までお節介ができるようになろうと思う。とはいえ、まずは自分達の事務所周りをしっかりやろう。


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初任給で椅子を買った。前に、「デンマーク人はなぜ初任給で椅子を買うのか」という本を読んで、自分でもやってみたいと思ったからだ。パソコン作業をする時など、1日の大半を椅子に座って過ごすこともある。それが何年も続くとなると、身体の大半は椅子に触れていることになる。それが、良い椅子であればどんなに幸せなことか。そして、日々椅子を使うことによって、自分自身の身体をスタディしているとも言えそう。


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現場に現れたくねくね。休憩時間に、大工さんが部材の試作をしてくれていた。このように角材に交互にスリットを入れると、固い材料でもうねうねと動くようになる。壁や家具に曲面の壁を作りたい場合に下地の骨組みに使う。昔ながらの大工さんは木さえあればなんでも作れるのだろう。これからも知らない技術に出会うのは楽しみだと思いつつ、そういった様々な技術が受け継がれていくかどうか、今の時代の僕らは考えなくてはならない。


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子供の時から、ずっとやってしまう癖があったのを思い出す。よく、高い位置から、部屋や建物、街を見下ろした眺めを想像していた。電柱の上に登ったら、どんな景色が見えるんだろう。屋根はどんな形。あの人を上から見たら。そんなことを、足場の上で作業をしている大工さんを見て思い出した。


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頭の中で考えていることを可視化する方法に、マインドマップという手法がある。設計を開始する前には、よく行うのだが、これがとても面白い。趣味や好みに始まり、生き方、人生観とだんだん思考が広がっていく。夫婦でもお互いの知らない一面を発見したりする。相手のことは、どこまでいっても理解しきれることはない。その儚さを感じつつ、それでも理解しようと努力し一緒に生きている、という人間らしさを感じる瞬間。


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タグ:ArchitectureWorkshop


最近、関心のある言葉に「宿る」というものがある。命が宿る。思いが宿る。などの使い方があるが、それはどういう状態なのだろうか。そして、それは建築にも同じことが言えるらしい。自分は「宿る」をこう解釈した。物事は常に流れており、刹那的に移り変わっていく。何もしなければ、ただ流されていくだけ。その中で、その場に留まりたいという想いがあり、流れに逆らうこと。これが「宿る」なのだと思う。そこには、流れに逆らう努力が必要であり、何もしなければ宿ることもない。建築も同じではないだろうか。家も、毎日掃除をして、雑巾をかけ、時には補修をして、維持する。そういうものに宿るのではないか。完成時の建物はまだ宿っていないと思う。なぜなら、まだ使い始めていないのだから。日々の掃除や使い込んでいくうちに、宿っていくのだと思う。そして、この建築は特別だ。使い込まれた材を使い、作る時から使い込んでいた。


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松戸の新築現場にて。大工に作業内容の共有をすると、仕上げ方や細かな取り合いの納まりなどわからないと作業が止まってしまう箇所を全て挙げてくれた。職人の仕事の速さの秘訣はこの想像力なのだなと思い、後日仕上がりを確認したらとても細かな仕事をしてくれていた。無駄のない段取りや大事なところはピシッと納める丁寧さがこの職能にたっぷり詰まっていることに感服しつつ自分もそんな仕事をしていきたいと思った。


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タグ:Architecture


千葉市のとある現場。既存の壁を剥がすと、剥き出しのコンクリートブロックが見えてくる。素材そのものの表情や、手触り、そして、現在に至るまでの傷跡が刻み込まれている。僕はそれを美しいと感じる。そして、印刷された煉瓦の壁紙、偽物の木のシートに覆われた都市にも、まだ、残されていたことに安堵する。


studio: takashima studio
タグ:Architecture


手作業でガラス製品を作り続けているメーカーさんの期間限定のポップアップショップ。弊社では空間構成と什器の製作をさせて頂いたので足を運んだ。ガラス製品の上品な世界観は残しつつアウトレット品を販売するために、什器も廃材をアップサイクルして、藍染と白木のツートーンで演出するように作られている。スタッフさんの表情や仕草をみていると、空間がすっと馴染み、活き活きと自分の店舗の様に振る舞っているように、僕には感じられた。設計において”スタイル”つまりその人らしさや生き様に意識的になることで、クライアントを自然体でありながら支え、さらに引き伸ばすようなことができるという可能性を感じることができた。


studio: takashima studio
タグ:Architecture


先日、団地内の空き家調査をしていた時のことである。入社してまもない僕は、郊外の団地は、空き家が増加して政府からも見放され、寂れたような印象を持っていたしかし、実際に団地を歩いてみると、庭先で植物を育てる人、車を洗う人、落ち葉を拾うひと、立ち話をする人、自転車を元気に漕ぐ子供、様々な人がいることに気がついた。そして、自分は、まだその地域に馴染めない部外者のような感覚になった。それは、そこに独自のコミュニティがあるわけでも、敬遠されているわけでもなく、住民達が相互に見守りあっており、心理的にセキュアな状態が作られていたからだと感じた。隣の部屋に誰が住んでいるかもわからない都市に比べ、よっぽどましに思えた。と同時に、早く馴染みたいという気持ちが出てきた。まずは、地域の側溝掃除に参加してみようと思う。


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Project: 明日の郊外団地
タグ:Study


つくることと生きること 衣食住のうち、 衣と住について、手作りする機会がある人やそれができる人は、現代ではとても少ないのではないでしょうか。 世の中に流通しているモノでは、何かしっくりこない、もしくは予算が足りない。 そんな理由から、小さなとんかつ屋さんの内装に使う、ペンダントライトのシェードを、事務所のスタッフで手づくりしました。 とても小さなモノですが、 衣食住について、製品やサービスを買うことしかできない状況ではなく、自分たちで作ってみるという選択肢があると、可能性は大きく広がるだろうと実感します。


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Work: 新井みせスタジオ
タグ:Workshop


古民家は歪み、ずれ、腐り、ほこりが多く、本当にきれいになるの?と言われることがあります。しかし、不具合のある部分の処置をしてあげれば十分まだ使えますし、掃除をするだけでも印象が変わります。 改修は根気が要りますが、少しずつ直されていく様子を見ているとどんどん新しい価値が生まれていくのをリアルタイムで感じます。 先日、古民家改修の途中経過をお施主さんに見てもらい、「いいですね、イメージできてきました。」と言ってもらえました。 少しずつ変わっていくことで、最初は心配していたお施主さんが古民家の新たな可能性に気づいてくれる瞬間が嬉しいです。


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Work: 新井みせスタジオ
タグ:Architecture


都内で進行中の老舗とんかつ屋さんの移転プロジェクトで、 サイズ検討のための紙ののれんを掛けました。 すると昨日までは通り過ぎていた道ゆく人から、いつオープンするんですかと続々と声をかけられるようになりました。 「のれんを上げる」という言葉がありますが、のれんにはそのお店を表し、伝える役割があります。 建築は、物質的な空間だけで存在するのではなく、 その場所の存在意義を伝え象徴することで、見る人にとって意味を持つ時がある。 名前や象徴するという要素が、建築にはとても大切なのだと、肌で感じる瞬間でした。


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Work: Gさんのための家 Rさんのための家
タグ:Architecture


カフェ空は、職人さんではなくクライアントが、施工のほとんどを行うという変わったプロジェクトです。施工者はリスクを負いながら施工をするものですが、施主施工においてはクライアントがそのリスクを多少なりとも負うことになります。このプロジェクトでは、設計者が伝えた施工方法に対して、できるか分からないけどやってみるよ、と言いつつもなんとかクライアントがそれに応えようとしてくださる、そういった関係性の上で成立しています。 建築プロジェクトにおいて通常とは違うことをするとき、クライアントの理解が不可欠です。素晴らしい施主がいることで建築はより素晴らしいものにな


studio: takashima studio
Project: 開宅舎ディレクション
Work: 新井みせスタジオ
タグ:ArchitectureWorkshop


夜に光を灯せば虫が集まるように、ヒトも灯りを見つけると安心し、温かさを求めて足を向ける。これはインスタレーションを設計した過去の経験から理解したことだ。誰もが少しは共感できることかと思う。さて、では灯りに奥行きは存在するのだろうか。単に明るさという次元だけでなく、「誰が灯した灯り」「どれくらい続いた灯り」や「自分が所有できる灯りか」といったような別の次元を持った灯りが存在するとしたら。それらの灯りは人々目にどのように映り、どのように感情を揺らすのだろうか。果たしてそれは科学的手法で設計できるのだろうか。


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Project: 開宅舎ディレクション
Work: Co-saten
タグ:Study