

studio: kobayashi studio
Project: つりはいらないよ食堂
タグ:ArchitectureStudy











kurosawa kawara-tenでは廃材や端材、余剰材など、建築の物質循環からもれた素材たちを活用したマテリアル開発を行う。この写真は牛久のこども食堂PJで採用を検討している、シラカシの突板合板とガラスくずを骨材としたホワイトモルタルのテラゾーとよばれる人造石のスタディの組み合わせ。市原で支障木として伐採されたシラカシの木と、ガラス製品の製造の過程で出るガラスくず。それぞれを建築のマテリアルとして再度見い出し、組み合わせることで、得も言われぬ存在感を獲得している。そこにはアップサイクルやSDGsといった耳障りの良い流行り言葉では説明しきれない、普遍的な力強さがあると考えている。我々はこうしたマテリアルが持つ強度を“materialness”と呼んでいる。


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Project: つりはいらないよ食堂
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ガラスへの穴あけ加工に挑戦している。ガラスは金属や木材と違い、少しでも無理な力がかかるとひびが入る。ドリルを押す強さ、水による冷却、刃を当てる角度など、気を使うポイントが多い。
現在の課題は、ガラスの接着面にわずかでも隙間が生じると、そこから削り粉を含んだ水が入り込んでしまうこと。合わせガラスの品質に直結する問題だけに、解決していかなければならないと思っている。しかしそこさえ上手くいけばとても綺麗な穴があく。これはスタディで作ったガラスのユニットだが、穴あけができるようになったことでプロダクトのアイデアも浮かんできた。ガラスの用途がまた少し広がった気がして、次に作るものへの期待が膨らんでいる。


studio: takashima studio
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埼玉に住む友人のDIYを手伝った帰り、氷川神社の参道にある休憩スペース「ゆうすいテラス」に立ち寄った。以前から気になっていた建築だ。もちろん、空間の雰囲気や構成も魅力的なのだけれど、近年は、どうしても「納まり」ばかり見てしまう。例えばこのトイレの明かり取りの窓は、既製品のサッシではなく、現場で、ガラスと「押縁」というガラス押さえを組み合わせて窓を作っている。その押縁材にはスチールのL字のアングルが使われていて、さらにガラス裏のスペーサーを木にすることで、外から見た時に木の印象が崩れないよう工夫されていた。ガラスも上下2辺のみで支持され、縦方向に余計な部材が入らない。一見するとただの窓なのだけれど、その裏には細かな配慮が積み重なっている。この写真一枚でも、学ぶことが本当に多い。


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先日視察で訪れた植物園で、小さな陶器の鉢に植えられた山野草を見つけた。花自体は庭先にも咲いていそうな身近なものだが、苔とともに小さな鉢に収まっていると、まるで野山の風景の一角を切り取ったようで、なんとも愛らしい。恥ずかしながらこれまで「山野草」というジャンルを知らず、飾る花といえば、花屋に並ぶ華やかな切り花のイメージしかなかった。けれど、素朴で親しみのある佇まいがとても自分の好みに合って、即決でお迎えしてしまった。春になり庭や道端でよく見かけるようにもなった小さな野花たち。それらを家の中で楽しめることが嬉しい発見だった。


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雨の日のkenzoの散歩。草についた雫をビシャビシャと浴びながらはしゃいでいて、その様子がなんとも可愛い。濡れることを避けるどころか、楽しんでいるようにも見える。そういえば、うちの息子も、雨の日は傘がさせるから好きらしい。家を出る時に「今日は雨?」と少し嬉しそうに聞いてくる。雨はなんとなく憂鬱に感じてしまうけれど、それは自分の受け取り方ひとつなのかもしれない。もう少し心を広くひらいて、楽しむ気持ちを持たなければ、そんなことを思わせてくれる雨の日だった。


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透明性というのは本当に奥が深い。コーリン・ロウの提唱する「実」と「虚」の透明性における、「実」はガラスなどの素材による光や視線の透過性のことを指していて比較的わかりやすいが、「虚」の透明性は実際には壁があっても、複数の空間の広がりが同時に存在しているように「知覚」される状態のことをいう。この説明だけでは何のことかさっぱりわからないが、つまりは視覚的な透明性ではない、空間構成やレイヤーによって生み出される透明性のことだ。私は現在ガラスの柱をスタディしながら、主要構造部ではない、化粧としてのガラス層の意味をずっと考えている。言語による社会的意味性や芸術的視点は建築を設計する上でとても重要なことである。自分の設計の癖として、手を動かす前に言語化することが多かったのだが、このガラス積層による化粧柱はひたすらスタディして、言語よりも先に美しいものができたと思えた。できたものに対する後発的な言語化は、未熟な私には大きな試練である。


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テーブルの上に灯りが欲しいと思った。何か作業する時に、手元が暗かったからである。空き家から出てきた、捨てられる一歩手前の湯呑みと、余った電線を組み合わせた。最近、電気工事士の資格も取ったので、思う存分に活用する。電気はホームセンターで見つけてきた。湯呑みに似合うちっちゃいやつ。実用的に明るくなるだけでなく、毎回スイッチを押すのが楽しくなった。次はテープライトと木端を使って、間接照明を作る予定。


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土モルタルのスタディ。配合や材料の違い、混ぜ方や打設の仕方によって、その表情は大きく変わる。今回は、残土のように本来は廃棄されてしまうものを、材料や仕上げとして昇華できる可能性を考えて制作した。
そのまま使うと雑味が多いが、丁寧にふるいにかけるだけで、ここまできめ細かな仕上がりになることを実感した。


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新規プロジェクトが始まった。古民家の長屋門を花屋へとリノベーションする計画で、まずはお施主さんへの初回提案に向けて検討を行っている。設計の初期段階はお施主さんの人となりや与条件、予算やスケジュールなどが明確でないことも多く、まるで雲を掴むような、霧の中を進むような感覚に陥る。0から1を生み出すこの過程が一番悩ましいところであり、建築設計の醍醐味でもある。3Dプリンターも駆使することで、模型での検討も格段にやりやすくなった。所内での検討を経て、大きな屋根の下に透明で正面性のない広場のような空間をつくるプランが見えてきた。いい感じになりそうな直感がある。


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彼は言う。竹を切ることは快感だ。初めはあまり共感ができなかった。無限に伸びてくる竹を切ることは、家の庭に無限に生えてくる雑草を刈るのと同じことではないのか。そしてまた、チェーンソーの機械音が鳴り響く。少しずつ空間ができてくる。彼曰く、自分の領土を広げていくような感覚、未開の地を開拓してく喜びがあるらしい。それは、狭い土地を奪い合う都心にくらべ、いかにも、プリミティブで人間的な行為に思えた。そして、彼は黙々と竹を切り続けている。


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