とんかつ仙成屋

 港区高輪にて、創業50年になるとんかつ屋さんの移転のための店舗設計を依頼された。
 敷地は、計画道路や高層マンションの建設など、急速な開発が進行するエリアの一角にある。旧店舗兼住居はその開発により撤退を余儀なくされ、わずか100メートルほど離れた土地に新たな店舗併用住宅を建てることとなった。かつてこの地域には、とんかつ屋のほかにも寿司屋や米屋が軒を連ね、50年以上にわたって人々に親しまれてきた。しかし、その風景は再開発による妙に白々しい「新しさ」に塗り替えられていく真っ最中であった。
 数年単位でめまぐるしくテナントが入れ替わり、すぐに忘れ去られていくような、短命で見栄えの良さだけを狙った小綺麗さではなく、建物こそ新しくになってしまうものの、この先の時間が新たな記憶を育てて、年月とともに人々を惹きつけるような空間となっていけるような息の長い場所として再スタートを切って欲しいと考えて設計に取り組んだ。
 土地面積12坪の狭小地に住宅メーカーが3階建ての住宅を建て、我々が提案できるのは1階テナント部分の16畳のみ、メーカー側で提出済みの景観条例のために外観も変更できないという条件であったので、まずはとんかつ屋としての基本的な機能を成立させる空間構成が最大の課題であった。
 間口が狭く奥へ長い敷地なので、厨房の作業スペースと客席の両立が困難であったが、カウンターを途中で斜めに折ることで、厨房機器が納まりきる作業動線の長さを確保しつつ、客席側にもゆとりを持たせられると考えた。また、カウンターが斜めに配置されたことで、とんかつを揚げる店主の姿が外からもよく見えて、興味をそそる店舗の顔になることを期待した。また、都内の狭小店舗でみられる人もすれ違えないような客席構成では、常連客は良くても、これから開発が進み新しく増えるファミリー層や、女性の会社員といった層には入りにくい。少しでも入店の心理的ハードルが下がるように入り口に向けて末広がりな形態を考えた。
 店舗の内装には、10年後20年後に再び老舗の風合いを獲得した姿を想像し、時間の経過が表情としてよく現れる素材、沢山の人が触れて変化する素材を提案した。
 客席の仕上げには、千葉県の里山から切出し製材された杉板を選定し、天井から壁まで客席全体を包むように仕上げた。当初施主からは、クロスや長尺シートのようなメンテナンスしやすい内装を希望されていたが、油の多く出る店内ではすぐに黒ずみ、かえってみすぼらしい印象になってしまうことが予想された。
杉板は油によって自然に色味が深まり、日々の拭き掃除や人の手の触れによって艶を帯びていく。仮に汚れてもヤスリで再生できる点も、長く愛される空間には好ましい。そして、手頃な価格で定食を提供しているお店のキャラクターにも、節ありの杉の素朴さが良く似合うと考えた。
 また、店舗入り口の庇や客席の背景となる扉等の視線の集まりやすい箇所には、アクセントとして銅を積極的に採用した。座席上の照明も、銅板と樫の樹を使ってオリジナルで製作した。
開店当初は、開店当初は明るく光る銅の質感が通行人の視線を引き、時間の経過とともに酸化による緑青が生まれ、やがて味わい深い存在へと変化していくことを期待した。
 カウンターには、店主が大切に50年磨き続けてきた旧店舗の檜の無垢板を移設した。店主が磨き続け、たくさんの人が触れてきたその一枚は、歴史の継承の象徴になると考えた。
 この店舗では、店主の孫がすでに接客に立ち、将来的に店を継ぐ可能性があった。そのため、店主に似合うだけでなく、お孫さんが店舗に立っても違和感なく自分の居場所だと感じられるよう、用途や雰囲気を縛ってしまう和風に寄り過ぎる意匠は避け、カフェにも見えるような、世代をまたいでも自然に受け継がれる空間を意図した。いま、都市の再開発が各地で進み、そのたびに地域の風景や記憶が失われている。経済合理性に従った一様な更新は、住民との接点を欠いた都市を生み出していく。やがて人々にとって、拠り所となるような場所や接続できる文脈、歴史のない、誰にも顧みられない風景へと変わってしまうのではないだろうか。だが、都市とは本来、一つ一つの小さな営みの積み重ねによって育まれるものだ。たとえ建物が新しくなろうとも、記憶を受け継ぎ、次の世代の営みに手渡されていく場所が、都市にとって必要なのではないか。一つ一つの小さな営みや暮らしの痕跡をないがしろにしたくない。その小さな一欠片を尊ぶことが、まちの魅力に繋がっていて欲しい。この小さなとんかつ屋が、50年の時間とともに育んできた街との関係を、次の50年にもつなげていくこと、この店舗の存在がまちの誰かにとっての拠り所となり、都市との結節点であり続けることを信じている。

Text:髙島和広
Photo: kurosawa kawara-ten