KOUGAI DANCHI OF TOMORROW

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1hの壁

家を決めるための条件/郊外戸建団地と1hの壁/各都市と1hの壁

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1hの壁

家を決めるための条件/郊外戸建団地と1hの壁/各都市と1hの壁

家を決めるための条件

 郊外か都市部か、現在日本において住宅を取得しようとする際に大きく分けると2つの選択肢がある。東京23区を最大の都市部とすると、川崎市、横浜市、千葉市など東京圏の地方都市が次の都市部として存在し、それぞれの都市部に対して郊外が存在している。東京23区の郊外はその内部での世田谷区や江戸川区といった住宅街や、多摩川や江戸川、荒川などの対岸に県境に沿うようにして広がっている。そして、川崎市や横浜市の各区、川越、浦和、越谷などの東京から放射状に伸びる鉄道沿線、市川市、船橋市などの国道14号線に沿った地域などが各地方都市との間を埋めるようにして存在していて、さらにその地方都市の先にはそれぞれの郊外が隣接市町村として存在している。

 東京23区に職場を持つ人が家を購入しようとして物件を探した場合には、まず都内から探し始めることになる。タワーマンションなどの集合住宅か戸建住宅を新築で探すが、十分な広さの物件を購入するためには集合住宅で5千万円以上、土地であれば平均すると200万円/坪くらい出さないと買えないだろう。そこで中古住宅を探すが、新築との値段の差があまり魅力的ではないため、次の候補として東京23区の外に向かう。東急線沿線、東武線沿線、JR東海道線、JR総武線、JR高崎線、JR常磐線の沿線の各駅が候補として上がり、快速が利用できるか、駅からどれくらい離れているかで物件価格が上下する。1970年~80年代であれば、この沿線でも購入が難しい値段だったこともあり、さらにその先の地方都市の郊外にまで東京へ働きに出る人たちが住宅を求めていた。しかし、現在では大規模集合住宅の供給過剰や、住宅ストックの過剰、分譲宅地の増加や古家の増加、少子高齢化、住宅ローン金利の減少、これらの条件などから東京近郊で住宅を持つことがあまり難しくなくなっているため、比較的職場に近い郊外に家を構えることが可能になっている。

 この、住宅価格と職場までの距離、また施設が充実しているなどの利便性をとるか、庭などの屋外を所有できるゆとりをとるか、集合住宅か戸建かという選択肢から自らの状況にあった物件へと落ち着いていくのである。

 この時、住宅購入を考えているのが若年層か高齢者層かによって、予算の次に来る条件が変わってくる。もちろん、個別に特別な事情などもあるため一概に言えるわけではもちろんないが、まず若年層では子供がいるかいないかによって周辺環境に求めるものが変わってくる。もし子供がいない場合には、夫婦二人で共働きのために夜遅くまで開いているスーパーや外食のしやすい環境かどうか、休日に文化的な施設やショッピングのできる場所までスムースにアクセスできるかなどが重要になる反面、平日昼間の環境や小学校や幼稚園といった子供のための施設に対する条件はあまり関係がなくなる。そもそも子供ができることを考えて、その時には家を売ってもう一回り大きな物件に住み替えることを視野に入れていたりするので、5-10年後の売りやすさなども考慮した立地や新築かどうかなどが条件としての必須項目になってくる。

 ここのところ30代で結婚するカップルが多くなってきているために、大学卒業後に働き始めてからそれなりに長く働いている状態で家を考えることになる。そのため、すでに現在住んでいる場所からの通勤や周辺環境への満足している点や不満なところなどを参照していたりするため、家を決めるための基準が20代のそれとは違っていることもある。一方で、子供が一人以上いてこれ以上増える予定がないという家族の場合には事情が違ってくる。多くの場合は子供の学校や教育の環境、または遊び場などに関しての治安の良さや雰囲気の良さが一つの基準になってくる。それと、土日に出かける場所も大人だけではなく子供連れで楽しめる場所だったり、スーパーなどの食料品がリーズナブルに求めることができたりするのも重要な要素になる。平日から外食することは減るので、飲食店が近くにあるような駅に近い物件よりも、自然や公園、もしくは大型のスーパーなどを利用できる分譲戸建などが可能性として入ってくることになる。また、子供の養育費などの出費がすでに頭にあることで家に多くの費用を割きたくないという傾向も生まれるので、家のグレードや立地条件もさることながら、価格がかなりシビアな条件となってくる。そこで、集合住宅をイメージしていた世帯は価格と床面積に折り合いをつけることによって、都市中心部から少し離れた新興のタワーマンションなどを求めることになる。

 これは新しい家を求める代表的な層として若いカップルを想定したものだが、ここのところでは年配者が新しい家を求めると言うことも出てきている。それまでは、一度決めた終の住処は子供たちに見守られて旅たつまでは変わることがないという暗黙の了解があり、これは家業や習慣などから必然的にそうであったのだが、現在は長男だろうと一人っ子だろうと家を出て就職をしてしまうため、家業もなくその持ち主がサラリーマン生活を終えると同時にローンが終了するとその家は何にも結びつかなくなってしまっている。このため、老人ホームや息子との同居のための引越しといった、年配者の家に対する条件が出てくる。一つの傾向として、割合としては多くないのだが、典型的な例として田舎への移住が挙げられる。ごみごみとした都市部を離れ、広い庭のある田舎へ移り、畑仕事や豊かな自然を日々感じながら過ごすという選択肢だ。日々追われる仕事や家事もないため、利便性や周辺施設などはあまり気にせずにそれぞれの趣味嗜好にあった場所を探すことになる。

 これらはマーケティング的な視点で考えるとペルソナ分析になるのだろうが、もう一つ傾向から大きく二つのグループに分けることも、彼らの行動を考察する上では有意義なのではないかと思われる。

 家の選び方のパターンで、場所決定済型と不動産ポータルサイト型がいるように思われる。前者は憧れやつながり、何か特別な思い入れなどで特定の地域や駅、または町などに居を構えることを望んでいるグループで、既に住む場所や生活のイメージなどが決まっている。例えば東京で言えば吉祥寺や荻窪あたりに対して文化的で適度な流行と都心部との距離感を保った素敵な生活を夢見る人たちや、六本木ヒルズに住んでいるというステータスが必要だった一昔前の起業家たちどはわかりやすいだろう。これは決して人気のある街や建物だけに限ったことではなく、地域のお祭りで神輿を担ぐためには町会に入っていないといけないだったり、自分の生まれ育った地元が良いと考えたりする人たちもこのグループになる。

 一方で後者は“駅近”、“3LDK”、“新築”、“オール電化”、というような、不動産ポータルサイトで条件を設定して家を探すグループで、ある意味では自身の予算や状況に対してとても柔軟に妥協点を見つけ出しながら決定していく合理的なタイプと見ることもできるだろう。しかし、この条件設定は人気のバロメーター的な役割も果たすため、まずその条件に当てはまらない部分が魅力的だといった質の部分は無視されがちで、快速が止まる駅だからと田んぼのど真ん中に作られたタワーマンションに食いついたり、値段が相場よりも安いからといって森を切り開いて作られた細い道でしかアクセスできない分譲宅地を買い求めたりすることになる。

 新興の住宅街に居を構えるグループは後者が多いのだろうから、現在の郊外戸建て団地の姿は、彼らのような購買行動をとっている人たちの30年後の姿かもしれないと想像できる。また、現在廃れていく郊外戸建て団地に住み、その場所を作ってきてしまった人たちもまた、同じようなタイプの人たちだったと考えられる。

郊外戸建団地と1hの壁

 この住宅決定のプロセスの中で、職場までの距離という要素がとても大きな影響を与えているようである。東京都内に勤務の場合を考えてみれば、多くの人々は公共交通機関であるバスや電車を乗り継いで家から職場を往復している。基本的には8:30か9:00くらいから始業で17:00か17:30くらいに終業である会社が多いために、その時間にオフィス街に向かう上り車両は東京名物の通勤ラッシュとなり、職場までの距離とはすなわちこのラッシュに耐えなければいけない時間がどのくらいになるかを意味している。家のドアを出てから職場のカードリーダーを通すまでに実質的にどの程度の時間がかかるかが、精神的な通勤時間として住宅決定に際して、路線の乗り継ぎも含めた利便性なども加味されて検討されることになる。

 この東京近郊の郊外戸建団地を衛星写真から拾い出し、現状の不動産市場での人気や不動産業者としての自らの感覚などから考察してみると、この住宅選びの際の職場までの距離に対して、1h(時間)を超えないという一つの大きな壁があるように思われる。これはどちらかと言えば、公共交通機関に乗っている時間ではなく、ドアツードアと言われる実際の通勤時間で、この時間が1hを超えるかどうかが、郊外戸建団地の盛衰の分かれ目となっているのではないかと考えた。つまり、東京23区やその他地方都市に通う人にとって、1hで職場に出勤できる戸建団地は生き残る可能性が高く、そうではない団地は今後地価が下がり廃れていく可能性が高いのではないだろうかと仮説を立てた。この”1hの壁”は特に公共交通機関を使用しての通勤を行なっている人に関して当てはまる可能性が高く、自動車通勤をしている人に関しては”30minの壁”が想定されるだろう。これは、自動車通勤では渋滞によってスタックしている時間にフラストレーションがたまりやすいことと、自動車運転は公共交通機関で運ばれているよりも車内でできることが少ないなどストレスも大きいことが予想されることと、自動車通勤は東京都心部のような場所では難しいため、そもそも混雑に対してハードルが高い場所である可能性が高いたのではないかと想定した。

 1hの壁は住宅の購入を決めるにあたって検討される要素のなかで大きな影響を与えるのではないかと考えたが、これは潜在的には通勤だけの話に止まらないのではないかと想定している。距離に関しては趣味や友人、実家やその他の各々にとって重要な目的地に対して影響が出てくるのではないだろうか。例えば、横浜市に勤めているが趣味のサーフィンをしたいので茅ヶ崎に家を買うといった具合に、その人が人生において大切にしていることに対して、1h以内にアクセスができる立地は、生活圏ということを考えた時に自らの帰属する地域や自らを形作るアイデンティティに組み入れることができる距離感なのではないかと思われる。これは地元や出身地を考えた時に、1hを超えるエリアは出身地とは自然と呼んでいないことなどの経験則からも裏付けられるだろう。これを仮定すると、1hの壁に阻まれた衰退する戸建団地は、何かしらの手を打たなければいけないということになるだろう。延命する必要があれば再生させなければいけないだろうし、もう必要がないと判断するならば、誰が判断するかは別の問題ではあるが、早々に終了予定の宣言を出して、現在その戸建団地に暮らす人々には何かしらの救済処置を取る必要があるだろう。

 延命をするにはそれなりの費用がかかることになるため、行政としても今後発展して住民が増えるか産業が興り、税収が見込めるような展望が必要になる。現在1hの壁に阻まれるような戸建団地は基本的に現状の産業に対して少々距離がありすぎるので、今現在の状況から考えれば不要な場所と判断されてもしょうがないだろう。しかし、そこには確かに人々の暮らしがあり、団地が分譲され、購入し、暖かく幸せな家族を包む家々が立ち並んだ夢のマイホームの地として、希望を持って移り住んできた人達の記憶が残っている。そんな罪のない人達の大切な資産を線引きと称して価値を減少させて、同時にまた開発の許可を出し続ける無計画な現状では、また20年後には同じように不要になった中古住宅が大量に市場に供給されて、もうどうしようもなくなるのは目に見えている。もちろん、すでにどうしようもなくなってきているのだが。そう考えると、一度日本の現状を振り返って、次の産業や近い未来や遠い未来のあるべき姿は何なのかと想定した上で団地に対する判断をしてもいいのではないだろうかと考える。

 例えば、きっと日本がこのまま移民を公式には受け入れないとすれば、労働力や国際競争力が下がるだろう。すでに第二次産業による加工貿易のものづくり大国からは遠ざかり、サービス業の国になって久しいわけだが、例えば、世界人口の増加や競争の激化で第一次産業の見直しが起こることにはならないだろうか。人は栄養を補給し続けなければいけないのだから、サプリメントなどが食事に取って代わる未来があったとしても、その栄養源を作り出す産業は必要だろう。現在は耕作放棄地や放置された山にあふれた郊外の周辺だが、日本の人口が減って大量の食料を必要としなくなった時には、現在の郊外戸建団地の立地はとても新しい第一次産業にとって都合がいい場所にはならないだろうか。現在の都市部で生まれ育った人たちは、農家さんの古民家のような場所よりも普通の家から職場に通勤するようなスタイルがしっくりくるかもしれない。また、もしかすると、AIが人の代わりに多くのタスクをこなしてくれるために人は多くの仕事をしなくて良くなるかもしれない。そうしたら、職場にわざわざ満員電車で向かわなくても済むかもしれないし、ヴィデオチャットは進化してVRやMRなどを使えば、まるでその場に居られるようになるかもしれない。これは同時に旅行だったり流行りの場所に直接つながったり近くにいる必要性を下げる可能性もあるのだから、そうなれば、物理的な移動、実質的な環境の良さ、密度が高すぎることの弊害、多くの現在的な都市から離れた場所の問題点と考えられているものがキャンセルされて、郊外の魅力が相対的に増すだろう。残すところは土地のブランド価値のような精神的な部分で、その土地に所属しているというプライドが苦もなく取り除くことができるようになったとしたら、価格比較サイトのように広さと値段だけで家や不動産の購入を決定できる日もくるかもしれない。

各都市と1hの壁

 ここで各都市からの1hの壁をGoogle mapsの経路検索機能を使って図示してみた。これによってわかるのは、当然ながら1hの範囲は公共交通機関で時速80-100km程度の車両に乗って移動するのであれば移動可能な距離的にはあまり変わらない。しかし、明らかに選ぶことのできるルートの可能性が都市が大きくなればなるほど多くなるということがみて取れる。

 しかし、1hで移動できる選択肢が多いということは、実際的な生活には実のところあまり関係がないように思われる。例えば、東京駅周辺の千代田区や中央区に住んでいる人が、休みのたび、もしくは日常的に所沢方面や八王子方面、もしくは柏に通っているかといえばそんなことはないだろう。日常的には住んでいる区内か隣接区内だけの移動だけで、連休などのタイミングで遠出をするのだが、その際には1hの壁を超えて観光地やもっと自然豊かな場所へ行っているのではないだろうか。そう考えると、この1hの範囲は、その場所に通勤してくる人たちが暮らすことのできる範囲を表していると考えられる。つまり、その都市は1hでアクセスのできる範囲の中から多くの人材を獲得することができる可能性を持っていて、そのことは、今後のそれぞれの都市の人口の増減にも影響するのではないだろうか。そして、この各都市の1hの壁が重複するエリアと、その都市にしか所属していないエリアがあることがわかる。この重複エリアはどちらの都市の郊外としても可能性を持っており、今後日本が少子高齢化によって人口が減少していく中でも、価値を維持し続けると考えられる。

 少し具体的に見ていくと、例えば千葉市に土気という駅がある。ここはチバリーヒルズという超高級住宅街があり、街が作られた当初は周辺住民にとっても高嶺の花のエリアであった。しかし、現在は地価も下落してこの先あまり発展が見込める状況にはない。しかし、その二つ東京よりにある駅の鎌取駅に関しては、地価はキープされていて、人口倍増のような発展はしないかもしれないが衰退の気配はない。これは、鎌取が東京まで電車で50分、一方土気は1時間かかることが一つの要因になっているのではないだろうか。つまり、電車で1時間を使い切ってしまうと、家から会社までは1時間をゆうに超えてしまうことになる。電車で1時間かからなければ、家から駅、駅から会社のおおよその時間を足せば1時間くらいというイメージになる。この1時間の枠に収まるかどうかは、心理的に大きなギャップがありそうである。

 それでは吉野台団地の場合はどうだろうか。もちろんこの郊外戸建団地は急激に衰退していて、土地の価格は最盛期の10分の1以下である。吉野台団地の最寄り駅は小湊鐡道馬立駅で、駅には月極駐車場などはないので自転車を使うことになる。自転車で駅まで道路と呼べるような道を使うと20分ほど、あぜ道のような少し舗装の悪い道を使っても15分ほどで、馬立駅から東京駅までは乗換がうまくいっても1時間半はかかる。それでも現在この団地に住んでいる人の中には東京まで勤めていた人も数人いて、バブルの頃には東京圏の郊外としても機能していたようである。また、千葉駅までは最短で50分ほどだが、千葉駅から少し離れた会社に勤めていた場合には通勤に1時間を軽く超えてしまう。これは会社に向かうときの時間なのだが、戸建団地の特徴として小高い丘の上に作られた○○台という名前のところが多いのだが、吉野台団地もこれにもれず坂を避けては団地に入ることができない。つまり帰り道は5-10分ほど通勤時間が延びることになる。また、車で臨海部の工場まで着くのにかかる時間が40分弱なので、東京、千葉、市原、各都市部の郊外として機能しない距離に存在しているこの団地は、誰にも選ばれる理由がないため必然的に衰退していると考えられる。それは、近隣に光風台という少し大きめな団地があるのだが、ここがまだ吉野台団地よりも地価を維持しているのだが、この団地が車で臨海部までぎりぎり30分の距離にあるのも、働く場所までの距離による壁を示しているだろう。

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積極的なドーナツ化

AmazonとAEON MALL/東京を避ける/次に来る産業