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Note

2015.08.29Sydney レポート

Sydney

オーストラリアのシドニーへ行ってきたのでレポートに少しまとめてみます。

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シドニーは人口462万人、面積12,144.6km2(Wikipediaより)。東京23区の2倍ほどの面積に半分ほどの人が住んでいます。人口は増加していて、”市内では次の100万人のために”という自治体の広告をよく目にしました。18世紀後半にオーストラリア最初の入植地としてイギリス人によって流刑地とする目的で開拓が始まったという経緯があります。現在はキャンベラという首都を持つオーストラリアですが、経済と文化の中心地としてオーストラリアの中心的存在のようです。実際街はとても活気が感じられ、次の100万人のためなのかマンション建設がそこかしこで行われていました。シドニーはOpalカードというSuicaのようなカードで行ける電車の範囲があり、その北の端であるBerowraという駅まで行ったのですが、それまでの各駅前に1棟以上は建設現場を見た気がします。

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シドニーはCityと呼ばれる中心地と、郊外に分かれているのですが、観光客の行くのはCityと郊外の外の自然豊かな地域なので、郊外はあまり知られていないかもしれません。ただ、この郊外がどんどん拡大しているようで、それも人口の流入によって中心地に近い住宅価格が高騰しているためのようでした。中央駅にほど近いカフェでバリスタのお兄さんと話をしていると、”シドニーに家を買おうと思ったら、中間の値段でも1億円が相場なんだ”と教えてくれました。もちろんそれは120m2で1億円かもしれないので、日本では60m2で5,000万円があることを考えれば、東京の湾岸のタワーマンションと平米単価は変わらないのかもしれません。それにしても一般人の手に届く価格でないことは確かだと思います。また、これも日本と同じような現象なのですが、オペラハウスにほど近いロックスという一等地にあるコンドミニアムからは、中国の富裕層らしき人たちが出入りしていきました。資源国であり中国への輸出によって大きく経済を拡大してきているようなので、それも含めて中国の影響を多分に受けているようでした。

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中国の影響といえばチャイナタウンが中央駅の少し先からハーバーへ抜ける途中までの広範囲に広がっていて、デパートくらいの大きさのショッピングセンターが一棟丸ごと中国のお店というものがありました。中へ入るとまるで上海に来たような錯覚に陥るほどで、地下にある食料品売り場は中国市場のような雰囲気でした。また、移民が多いとは聞いていたのですが、感覚的には道行く人の半分以上がアジア系(インドも含む)で彼らが国の言葉で話しているために聞こえてくる言葉も英語圏とは思えない感覚でした。意外な発見としては、アフリカ系の人が少ないということでした。感覚的には5%も見ない感じです。囚人が流刑されてそのまま労働力として開拓されてきたことを考えればその少なさもうなずけます。

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街はとても起伏があり、中央駅の隣にあるサリーヒルズという地区の坂道は階段くらいの斜度かと思うくらいでした。City部分は全体的に凸凹してるためか、自転車をあまり見かけません。バスがとても充実していて、基本的にはどこへ行くにもバスと徒歩を組み合わせれば30分くらいで端から端まで目的地までも行けてしまう手軽さがあります。また、一つ一つの地域がとても小さく、隣接しているのも特徴的で、東京でいうと東京駅周辺に表参道と代官山、少し歩くと新宿西口と横浜みなとみらいがあり、その隣に茅ヶ崎があって、30分以内で回れてしまうというコンパクトさです。イタリア移民が持ち込んだというカフェ文化がメルボルンから広がったらしく、シドニーにもカフェがとても充実しています。どこも美味しいエスプレッソベースのコーヒーを軽食とともに出していて、とても過ごし易いちょうど良さがありました。

歴史について

シドニーにを歩いて感じるのは、何かニューヨークに似た感覚でした。それはある種の混沌で、表面的な様相と内的なもののちょっとしたズレだったり、地区ごとの個性の先を見ても何も続いて見えてこないところなのかもしれません。それもそのはずで、シドニーのある地区の300年前は森なのです。これはなんとも感覚的なものなのですが、東京やその他ヨーロッパの都市などでは感じることのない落ち着きのなさがありました。とても街は快適で美しく気持ちがいいのですが、次の瞬間にこの場所が存在している確証のような感覚がないといった感じです。とても面白いと思うのは、東京のお台場もついこの前までは海でしたし、オランダのアムステルダムも人工土地です。それとは別に上海のような大規模な再開発の真新しい街でも感じたことのない感覚でした。

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そして、このためなのか、オーストラリアの人は歴史をとても大切にしようという姿勢が強いように思います。築100年といば日本ならその辺りの農家の家でもざらにあるものです。しかし、オーストラリアの場合はそれは自国の歴史の半分を見てきたとても重要なものとなるわけです。歴史が浅いために相対的に古いものの価値が高いということが起こっていました。それは街や建物だけでなく、カフェ文化や原住民の文化、大元の国イギリスの文化など、自分たちのよって立つ場所をいつも意識している、そんな雰囲気が言葉の端々、または目にするものから伝わってきました。

建築

オーストラリアの建築家といえばグレンマーカットがよく知られています。郊外の住宅建築は彼の建築のように内部と外部をあまり意識しない作りが特徴的で、シティの中は入植当初から続くテラスハウスをたくさん見ることができます。

テラスハウスは京都の町屋のような長屋形式で、しかも鰻の寝床形状なのも共通しています。この手のタイプでは中庭をとって採光と通風を確保して、リノベーション時には前面を残して裏側がそっくりかえられてしまうのが特徴ですが、そういった状況をいたるところで観察することができました。しかし、日本の町屋や長屋と状況が違っているのは、まず、裏通りがあることでしょう。実のところこのテラスハウスは全面と裏面に通りがあるため家の中が袋小路ではなく、多くの住居が裏通りにシャッターをつけてガレージとしているようでした。これなら車も所有しやすく、また、行き止まり状の閉塞感もありません。この状況をうまく利用して両面に入り口のあるカフェに改装しているようなお店もありました。

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建築に用いられる素材で特徴的なものとしてはコルゲートが挙げられると思います。いたるところでその波板が屋根や壁として利用されていました。しかし、これは日本の建築家たちが好んで行う軽さの演出ではなく、もう少し実用的なところから来ているようでした。壁面はレンガで屋根が波板のトタン葺き。重厚なんだか軽やかなのだか、そのアンバランスさがとてももっさりとした垢抜けなさを醸し出しているのですが、これがグレンマーカットのような人々にかかると、外と中を隔てつつも隔絶することのない絶妙な空間のつなぎ役として登場するのところから、建築が空間構成だけでも素材やディテールだけでもないということを再考するいい機会となりました。

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住宅以外ではオペラハウスやハーバーブリッジなどのモニュメンタルな成功例とは対照的に、高層ビルはあまり個性のないカーテンウォールのビル群でした。これは急速な発展のためなのかもしれません。そして、それを考えると実はシドニーは、世界各地で出現している無個性な地方都市のはしりのような存在だったのかもしれません。そして、今その状況から草の根の地に足の着いた場所から、少しづつアイデンティティーを模索する段階へと変わってきている、また、外の世界から新しい風も入って来初めている、そんな新しい世界の先端例と考えることができそうです。

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デザイン

滞在中にちょうどシドニーでデザインイベントが開催中でした。オーストラリアのデザインといえばAppleにこのほど入ったマークニュンソンが有名ですが、インテリアデザインを中心に彼以外のオーストラリアのデザインを少しだけですが見ることができました。

ここでもオーストラリアがアイデンティティーを模索している様子がとてもよく現れていた例がありました。それは、Seeho suという日本のマルニ木工の家具などを扱うインテリアショップで開かれていたデザイナートークの内容でした。こちらとしてはオーストラリアのデザインについてをさぞかし語るのだろうと思って耳を傾けていたのですが、集まっていたデザイナー達の口からは、”今はアメリカとヨーロッパで仕事をしていて忙しい”とか、”クライアントを説得するためにはプレゼンテーションが重要だ”とか、自分たちの凄さをデザインとは違った角度から自慢し合いジョークを交えながら互いに牽制するような無意味なものでした。2,300万人という小さな市場しか持たないオーストラリアですから、もちろん初めから世界を相手にしなければならないという事情はわかります。ただ、オーストラリアが漠然と持っているオリジナリティへの願望が、それを作り出せるはずの人々にはあまり意識されていないという矛盾がこのような状況を生んでいるのかもしれません。

カフェ

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デザインに引き換えカフェはとても活力に満ちているようでした。イタリア移民がメルボルンに持ち込んだコーヒーが広まったとサリーヒルズのSLYというカフェの店員さんが誇らしげに語ってくれました。つまり、アメリカがサードウェーブだなんだと言っているけれども、俺たちはもともと美味しいコーヒーを飲んでいたぜと言わんばかりでした。確かに味もサードウェーブのような酸味重視ではなく、深めのローストに適度な酸味の香ばしく軽い口当たりが特徴的で、牛乳を入れるものは全てホワイトコーヒーと呼ばれています。軽食も食べられどこも焼き菓子は置いてあり、コーヒーマニアや洒落臭いやつらだけというよりは、生活のためのカフェの延長から進化したように見えました。

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このカフェ文化は建築デザインと比較するととても力強さを感じます。そして、そこにはシドニーが持っている気候的、地理的な暮らしやすさも含んだ生活の豊かさへの視線が感じられました。まだまだ建築やデザインは小手先の感が否めないようでしたが、暮らしや人生を気持ちよく生きるという雰囲気こそオーストラリアの核心なのかもしれないと考えさせられました。

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日本が学ぶところ

シドニーから日本が学ぶところはとても多い気がしています。というのも、オーストラリアが借り物文化であること、そしてその中で独自の文化を作ろうとしているところだからです。日本も海外のものを真似してここまでやってきていますが、残念ながら独自の文化へ昇華させるまでには至っていないように思います。もちろん漫画やアニメ、ファッションといったサブカルチャーにおいてはそうとも言えないのかもしれませんが、特に街並みや暮らしに目を向けると、無個性なビルが無尽蔵に立ち並び、無個性で陳腐な建売住宅の中で100グッズに囲まれて暮らしている一般的な日本はアイデンティティー崩壊を起こしていると言っても過言ではないと思います。

日本は基本的な部分で独特な国であるがゆえに、独特なものを大切にしない、または評価しないのかもしれません。地方から人が消えていき東京周辺で没個性的な、例えば埼玉のような場所にどんどん流れ込んできてしまう原因の一端には、そういった事情があるのかもしれないと考えます。そんな日本は、真逆のような条件で同じく自分探し中なオーストラリアを見て、自分たちの居場所を再確認することができるのではないかと思うのです。