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Note

2015.08.23ホテルオークラ東京について

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ホテルオークラ東京の取り壊し

東京都港区虎ノ門にあるホテルオークラ東京が今年(2015年)8月をもって取り壊されて新しく建て直されることになっています。

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谷口吉郎の設計で1962年に竣工した築53年の建物。こう言ってしまえばただの建物ですが、内装といい外観といいまさに名建築。未来に残すべきはずのものです。ではなぜそんな重要なものが取り壊されてなくなってしまうのでしょうか?東京はメタボリズムの都市だからでしょうか?

古くて何が悪い

いつから”古い”ということは悪いことになってしまったのでしょうか?そして、いつから古いものはもう一度新しく作り替えなければならなくなったのでしょうか?

こういったことに色々と理由をつけたがる人はいると思います。”ヨーロッパは石の文化、日本は木の文化。木は腐るから日本は新しく作り替えてしまうんだ”、”日本は天変地異で常に無になるから新しくすることに抵抗がない”、”関東大震災と東京大空襲があったから”、”日本は地震大国で火事が多いから壊れたら新しくしてきたんだ”、”式年遷宮という古来からの文化が根底にある”とか、”GHQに一旦全て過去から切り離されたからだ”とか言ってそれらしい説明をよく聞く気がします。

それは古いものを価値あるものまで含めて壊してしまうことを正当化する理由になるでしょうか?そして、古いものが持つ何ものにも変えがたいという価値を否定する根拠になるでしょうか?それとこれとはなんの因果関係もないと思います。それはもっと根の深い問題とつながっているのではないでしょうか。

まずはそれぞれの話を総合して否定すると、”石は日本も使うし、木をヨーロッパも使う”、”なくなってしまうからこそ、なくなっていないものを大切にするのでは?”、”震災と空襲は東京の話”、”壊れてしまうからこそ壊れていないものが尊いのでは?”、”式年遷宮は同じものを作り続ける文化であって、陳腐な新しいものを作り続ける文化ではない”、”GHQが日本を否定したとしてもだからこそ過去への郷愁は一層強くなるのでは?”、つまり、もしよく言われるような説明らしきものが本当だとしたら、尚更に古い物や事を大切に扱うようになってもおかしくはないはずなのです。日本は儒教の影響も受けている国です。古いものを尊ぶのが年功序列が行き届いた社会の基本的な考え方のはずでしょう。

ここで根深い問題と前述した問題は何かと考えてみます。それは、”歴史がある事への慢心と、独自の文化へあぐらをかいている姿勢”にあるのではないかと考えるのです。

日本人は多くのヨーロッパの国やアメリカなどの新大陸の都市を見て、”やっぱり外国は日本と違って古い物が残っていて美しい”なんて簡単に思いがちでしょう。しかし、外国の街並みが古いものが残っていて美しいのは決して自然にそうなったわけではないという事を忘れてはいけないと思います。ヨーロッパの国々ではそれ以上街並みが乱れないように古いものを壊してはいけないという法律を作ったり、新しいものを作る際にはその街並みにあっているかどうかをデザイン的にも環境的にも審査するシステムになっていたりするのです。これによってイタリアの中世のままの街並みや、イギリスの最新のビルと何百年も前の建物が調和するような街並みがあるのです。なんの努力や意識もなしに勝手に良い街並みになったわけではありません。一方新大陸はといえば、歴史がないが故に古い建物を残す運動が盛んですし、あえてヨーロッパから古い建物のレンガなどを持ってきて作った建物すらあります。こちらもまた、新しく文化と歴史を作って残していくための努力をしているのです。

日本は幸運な事に外国からの侵略を受けずに1000年以上の長い間独自の文化を育んでこられました。だから、日本人が何かやれば、勝手に日本ぽいものになるとして、日本的である事や歴史的である事などにあまり意識的ではないところがあります。それが証拠に、日本にはあまり古典主義や新古典主義などの古い様式を再現するような動きが弱いところがあります。その代わりに、”和モダン”、”和洋折衷”などの”和〜”というものをよく目にします。つまり、日本人からすれば平安風も鎌倉風も江戸風も全て含めて和風なのです。この和風の考え方が悪さをすると、日本人には”和〜”を作り出す天賦の才があるという慢心に陥ります。そして、いつでも誰でも作ることができる古いものや日本のものよりも、新しいものや海外のものの方が良いという錯覚をするようになるのではないでしょうか。

結局の話

もしあなたが旅行に行くとしたらどこにいくでしょうか?いくつか見て回る先を挙げた中に、歴史的な観光地はいくつあったでしょうか?また、その国、その地方独特のものを見にいく、食べに行く体験しに行く先は何割ぐらい占めていたでしょうか?

きっと9割がた歴史的、またはその場所に特有なものを見にいくことでしょう。今回のホテルオークラ東京の話はホテルという性質上、この観光の話を切り捨てることができません。さて、あなたが外国人で東京に来た時に、なぜ好き好んで自分の国にもあるような一流だけどグローバルなブランドで取り揃えられたホテルに泊まりたいと思うでしょうか?もちろんあなたは観光客であり、効率を重視するビジネスマンではありません。

ホテルオークラ東京が現在の姿とサービスであれば、世界に誇れる”日本の”ホテルなのは間違いありません。なぜ現在これ以上にない価値を持っているものをなくす必要があるのでしょうか?

新しくすべきものは部分的にあるのかもしれません。例えば一枚ガラスの窓や古くなってしまった設備など、しかしそれとてデザインを変える必要がどこにあるのでしょうか?

今日本は整形依存症になってしまったのだと思うのです。あそこに良い建物があると聞けばそっくりな建物をたててみたり、あそこに良い料理があると聞けばそっくりな店を作ってみたり。誰かの良いものを参考にして自分の素質を磨くのではなく、誰かの良いものと同じように自分もなりたい。そしてそれは決して満たされずに気がついた時にはぐちゃぐちゃに取り返しのつかない状態になっている。今日本は取り返しのつかないところへ足を突っ込もうとしています。国立競技場と赤坂プリンスは消えました。各地でモダニズムの建物も消えていっています。

署名

もしもこの話に共感していただけたなら、意味がないかもしれませんが署名をしてみるのもいいかもしれません。

http://savetheokura.com

恥ずかしいことに海外からの活動に乗っかる形ではありますが。
日本が整形依存症になってしまわないことを祈ります。