kurosawa kawara-ten

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Failover

JR五反田の駅から目黒川を渡ってすぐの飲食店街の一角にある雑居ビルにバーを計画した。施主がIT企業でネットワーク構築を業務としていることから、ディスプレイに向かってオンラインでのコミュニケーションをする世界から、店の戸を一歩入れば酒を飲みながら会話を楽しむ別の世界が広がるような店を作りたいと考えていた。

デジタルな世界とは違う、質感を大切にした空間のために、施主の代表者の実家の裏山から木を伐りだしてきてカウンターを作ることを提案していたのだが、そのさなか2019年9月9日に台風15号によって千葉県市原市は甚大な被害を受けることとなる。多くの里山の木々がなぎ倒され、あちこちで倒木が道路をふさいだり電線を切断したりしていた。

そこでちょうど木を伐りだすために用意していた予算を倒木の処理のために活動しようとしていた林業者に支払い、伐採してもらった倒木を製材し、人工乾燥機にかけてバーのカウンターとすることとした。これにより無報酬で行う予定だった作業が業務となり、倒木が消え、カウンターには想定よりも立派な樫と欅の木が使えることになった。

これとは別に壁には左官都倉の都倉達弥さんによる大津磨きの土壁を採用した。当初は施主がモルタルの壁を希望していたのだが、珍しく希少な仕上げとなってしまっている土壁をもっと一般的なものにしたいという都倉さんの思いから、近年は一部の壁にしか使われなくなっているという大津磨きを、内装の壁一面に施して巻き込むことにした。

プリントされたフィルムで作られたインテリアが溢れ、里山の木や左官の技術などいつの間にか手の届かない存在になってしまった大切なものが多くある。木のあばれや少しメンテナンスに気を遣うだけでフェイクの素材を使わなくても空間が作れるという設計者と職人の心意気によって、五反田という東京でも指折りの繁華街の中に、野趣あふれる広葉樹のカウンターと表情豊かな土壁の空間が出来上がった。

フェイルオーバー(英: Failover)は、現用系コンピュータサーバ/システム/ネットワークで異常事態が発生したとき、自動的に冗長な待機系コンピュータサーバ/システム/ネットワークに切り換える機能を意味する。Wikipedia「フェイルオーバー」より

左官: 都倉左官
Photo: Ryosuke Sato